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    2. IPSサマー・スクール2016:異文化とのふれあい
    3. サマーセッションで得たもの
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Blog : Study in Japan

総理大臣公邸を訪問して

氏名: チュルンバートル・ビルグーン
国籍: モンゴル
早稲田での所属: 大学院経営管理研究科1年

この度、総理大臣夫人(安倍昭恵夫人)主催の外国人留学生との懇親会が開催され、12月2日に総理大臣公邸を訪問してきました。このイベントは文部科学省の国費留学生で日本語が話せる留学生が対象でした。学校全体から2人を選ぶというかなりハードルの高いイベントでしたが、チャレンジ精神で応募したところ、嬉しいことに選んでいただきました。

本イベントには、北海道大学を初め、広島大学、九州大学といった全国の大学から17か国の22人の留学生が参加しました。そのうち学部生は一人だけで、残り全員が修士や博士課程において研究を進めている様々な分野の学生でした。
 

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イベントが始まる前に撮影した写真

イベントが始まると、最初に安倍昭恵夫人のご挨拶がありました。とてもシンプルで、物腰のやさしい方でしたので私はずっと見上げていました。ご挨拶の内容としては、「主人と一緒に世界のいろいろな国に行きました。そこで感じたのは世界中に日本が大好きと言ってくださる方がとても多かった。なので、実際にほかの国ではなくて、日本を選んできて勉強している留学生のみなさんに一度お目にかかりたいなと前から思っていました」というあたたかい言葉でした。
 

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その後、留学生がそれぞれ自己紹介を行い、研究している内容などについて話しました。みんなさまざまな分野の研究をされていて、素晴らしいなと思いました。私が自己紹介で重要視したのは、日本で起きた東日本大震災が私のそれまでの考え方をドラステイックに変えた事についてでした。

私は母国のモンゴル国立教育大学を日本語教育専攻で卒業しました。大学3年生の時に初めて日本に来て、東日本大震災が起きてから1年後の被災地の状況を実際に自分の目で確かめ、絆を強化するというプログラムに参加しました。

大陸の国の私が初めて、いつ来るかわからない自然災害の恐ろしさを知りました。当時、被災地の方々が頑張って復興に全力で取り組んでいる姿を見て本当に感心し、これからも勉強しなければいけないなという風に考えさせられたので日本で留学を続けさせて頂いていることを話しました。
 

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kokuhi5.jpgその後、日本の文化体験で銀座の有名な寿司店の調理師さんの指導の下でお寿司づくり体験をしました。留学生のみなさんはお寿司をつくるのが初めてでしたので、精一杯うまく握ろうとしていました。

お寿司とはお米の上に魚を合わせて握るもので、上に載っている魚の種類や新鮮さでほとんど決まるのかと思ったらそうではなくて、お米の炊き方、味付けがかなり重要だそうです。日本に来て三年たちますが、お寿司を食べる機会があまりないので味の違いはいまひとつよくわからない状態です。でも、今回のお寿司づくり体験をきっかけに、これからお寿司を食べるときに自分が味の区別ができるようになり、モンゴル人にもちゃんと説明できるようになりたいと思いました。

作ったお寿司を食べた後、公邸の中を案内していただきました。公邸の中を歩くと、公邸がとても丈夫な材料で作られているのが一目瞭然でした。昭恵夫人の秘書の説明で2.26事件について初めて知り、その歴史の遺跡を見ることができました。2.26事件というのは1936年2月26日から2月29日にかけて、日本の陸軍皇道派の影響を受けた青年将校らが1483名の兵を率い、起こしたクーデター未遂事件だそうです。 

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また、公邸の中にはいろいろな国から安倍総理大臣に送られたプレゼントを置く部屋があり、そこには普段目にしないような珍しい飾り物、不思議な道具などが置いてありました。各国の特徴的な貴重品でしょう。中には、モンゴルの大統領からのプレゼント(弓矢)もありびっくりしました。本当に面白い部屋でした。

これでわれわれの公邸での一日が終わりました。昭恵夫人のあたたかいおもてなしの気持ちと、文部科学省の役員の皆様、このイベントに参加させてくれた大学のおかげで現実ではないような一日を過ごせました。

留学生活の中で多くのことを学んだり、自分なりの達成感を感じたりする日が多くありますが、なかなかうまくいかない時もあります。この日は、自分がいろいろな人のおかげで生きているんだなと感じ、日本での留学生活の最高の思い出を残せました。その日集まった17か国のみなさんが日本語を共通語にお互い意見交換したりしている中で、将来は日本をはじめ、他国との友好関係を築いていき、異文化理解を常に心がけていきたいと思いました。引き続き、日本での留学生活をもっともっと充実させていきたいと思います。
 

 






 

 

IPSサマー・スクール2016:異文化とのふれあい

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氏名:
 李 涵深(リ ハンスム)
国籍: 中国
早稲田大学在籍期間と所属: 情報生産システム研究科(IPS)、2015-2016年   
専門分野: 情報アーキテクチャ(ニューロコンピューティングシステム)
指導教授: 古月 敬之 先生


早稲田への留学経験は、あなたの進路にどのように役立ちましたか。
情報生産システム研究科(IPS)では、恵まれた環境のもと、世界中から集まった留学生たちが様々な分野にわたって協働的に研究を行っています。日本の学生たちとも発想の共有や意見交換ができ、そのような交流のおかげで自分の視野も広がり、人生がずっと豊かになりました。

早稲田で最も忘れられない出来事は。
私は早稲田大学・上海交通大学のダブルディグリー・プログラムの学生として、2015年9月に情報生産システム研究科の修士課程に入学しました。2016年8月にIPSが開催したサマー・スクールには56名の学生と復旦大学をはじめ海外の4大学から先生方も参加されたのですが、私もこのプログラムに学生アシスタントとして参加できたことを光栄に思います。私はこのイベントに参加している間じゅう、参加者の皆さんの熱意に強い影響を受けました。学生たちはこのプログラムを経て一生忘れられない経験ができただけでなく、深い友情を結ぶことができました。
 

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サマースクール参加者全員の集まりで

このサマー・スクールを通して、参加者は日本の教育制度のほか様々な文化の違いも体験することができました。授業は吉江修教授をはじめ7名の先生が担当す る各コースから選択しました。コースの内容はサプライチェーン管理から半導体技術、コンピュータネットワーク工学やロボット工学まで、様々な分野にわたり ました。学生たちは日本の大学院生活を味わったとともに早稲田大学の雰囲気にもだいぶ馴染んだようで、授業が終了すると、よく先生が学生に囲まれ、お互い の考えや意見を積極的に話し合っていた様子が印象的でした。学生たちにとって授業はとても楽しかったに違いありません。
 

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吉江修教授、復旦大学の学生たちと小倉へ
 
工場見学では、参加者全員がトヨタ自動車九州株式会社と株式会社デンソー九州、TOTO株式会社の三つの工場を訪ね、日本のビジネス文化に触 れました。ま ずトヨタでは生産システムを見学し、自動車の生産を通じて同社がどのように社会に貢献しているのかを学びました。次にデンソーでは、自動車部品メーカーの あり方や、そこで行われている研究開発についての知識を得ました。最後にTOTOでは90年以上の社史について講義を受け、同社を世界クラスの企業に押し 上げたウォシュレット技術について学びました。これらの工場見学によって、日本企業における団結心や革新的精神、また誠実さを感じとることができました。 日本企業が世界で大きな位置を占めているのはこのような要素が大きく関係しているのではないでしょうか。
 

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トヨタ自動車九州株式会社訪問

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TOTO株式会社訪問

サマー・スクールでは、様々な文 化体験もできました。太宰府天満宮の参拝や天神の散策、茶道や華道、わっしょい百万夏まつりなどです。茶道のような穏やかな体験から花火大会といった刺激 的なものまで、学生たちは母国の文化とまったく違う文化に触れることができました。このサマー・スクールの意義は、単に言葉によるコミュニケーションにと どまらず、より広い意味での文化交流にあると思います。このプログラムを経て、学生たちは日本に対する理解を深めることができました。これからの人生にお いてきっと貴重な経験の一つになるでしょう。
 

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華道体験

サマー・スクールを終え、我々は深い友情を結び、多くの学生がいつの日か日本そして早稲田大学をもう一度訪れることを希望していました。あらためて、海外で研究する機会を与えてくださった早稲田大学と上海交通大学にお礼を申し上げます。特に、この素晴らしいサマー・スクールを立ち上げてくださった情報生産システム研究科長の吉江修教授とスタッフの梅津太郎さんに感謝いたします。最後に、IPSの先生方にも感謝の意を表します。私は早稲田が大好きです。そして日本が大好きです!

WiNメンバーへのメッセージ:

早稲田大学の「Waseda Vision 150」のおかげで、早稲田大学で日本文化を体験できる留学生が増えてきました。これからは、今回日本で得た経験を最大限に生かしていきたいと思っています。早稲田大学万歳!

サマーセッションで得たもの

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氏名:
 畠山 大希
国籍: 日本
早稲田での所属: 教育学部4年



私は去年の八月から10ヶ月間、アメリカのウェストバージニア大学で交換留学生として留学していました。このサマーセッションに参加した一番の理由は、留学中に身に着けた英語を使うこと、そして新たに世界中からの学生と交流したいと考えたからです。

私は日本文学の授業と社会学、特にマイノリティーについて学ぶ授業を取りました、授業の中では多くのディスカッションが行われ、もちろん英語で自分の意見を言う機会がありましたが、それよりも、海外から来た学生が日本の文化、文学または少数民族についてどのような意見を持っているのかを知ることが出来ました。例えば日本文学では、他の国の文学作品と比較したり、宗教に関してはキリスト教やイスラム教などと比較した意見を聞くことが出来ました。また多くの学生は、日本に来ることが初めてであったり、日本文学や文化を学ぶのが初めてであったので、彼らの率直な意見を聞くことが出来たのが、一つ参加してよかったと思える点になりました。社会学の授業でも、日本人同士で意見を交わしあってても、出てこないような意見、気が付かないような点に気が付けたのが大きな収穫だと思っています。
 

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日本に来て初めてのそばを海外の学生と一緒に食べました。とろろやわさびなど、日本独特の食べ物を食べ、
不思議がっていました。インドにはとろろに似た食べ物があるようです。


このように、授業は大変充実したものになりましたが、それ以上に自分の印象に残っているのが、日光や靖国神社へのフィールドトリップ、さらにサマーセッションで会った学生たちと行った観光です。日光と靖国神社フィールドトリップでは海外の学生に交じりながら、日本の歴史を学べ、学生に質問されるたびに、自分がいかに日本について知らないのかを気づけ、それがさらに勉強へのモチベーションになりました。また鬼怒川温泉に泊まった時は、純粋に日本の温泉を楽しみ、日本料理を食べ、夜には卓球をするという旅行を通して、日本の良いところを再確認でき、心から楽しむことが出来ました。個人的に行った、横浜や東京の観光でも、学生たちと日本の伝統文化(祭りなど)からサブカルまでを楽しみながら、経験することが出来たので、とても充実した一ヶ月を過ごすことが出来ました。
 

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授業終わりのお昼ご飯の様子。日本食だけでなく色々な早稲田界隈のレストランやお店を一緒に回りました。

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日光のフィールドトリップ後の食事の様子。日本食の説明を求められるも、中々説明するのが難しかったです。
この後は卓球で汗を流し、温泉を楽しみました。


このサマーセッションに参加して、最初は英語を話す機会を得られればいいと思っていましたが、気が付いてみると、世界中から来た学生と自然と日本文化を学び、一緒に勉強して日本を楽しんでいる自分がいました。もしこのサマーセッションに参加していなかったら、彼らには会うことが出来なかったのはもちろん、日本について改めて学ぶ機会もなかったんではないかと思います。今回出来た友達とは、今後も連絡を取り続けていきたいと思いますし、今度は自分が彼らの国を訪れた時は、その国の文化を学べ、国際交流出来ると思うので、今回出来た関係というのは、かけがえのないものだと思っています。期間は約一ヶ月と短い間でしたが、短いからこそその期間に詰まっているものは多く、記憶に残ると思います。また、今回のサマーセッションを作り上げてくれた、留学センターの方、インターン生の方、教授方に感謝したいと思います。ありがとうございました。
 

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最後のお別れのパーティーで。みんなお別れを惜しむように写真を取ったり、
食事をしながら思い出話をしていました。



 


木島平村での"農村体験プログラム"

 

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現在早稲田大学に在籍中の留学生が、日頃過ごしている忙しない都心のキャンパスを離れ、長野県北部にある自然豊かな農村・木島平村を、留学センターのスタッフとともに訪れました。

6年前より木島平村と本学は、地域活性化策を提案する共同ワークショップを毎年行うなど有意義な交流を続けてきましたが、昨年正式に連携協定を結び、研究や地域貢献活動に関して支援・協力し合うパートナーとなりました。木島平に魅せられた学生も多く、2013年には自分たちが主体となって交流活動を続けるための学生サークルが発足しています。

今回留学センターでは、日本の長い歴史の中に常にあり、社会を根底から支えてきた農村地域の生の姿を、本学で学ぶ留学生にも見てもらおうと、2泊3日の「農村体験プログラム」を実施しました。秋学期の始まる忙しい時期であったため、少人数のグループでの実施となりましたが、ちょうど稲の刈取りが始まる週末で、収穫前の地域のお祭りもあり、留学生にとっては大変貴重で、深く印象に残る体験となったようです。参加した留学生からのレポートをお届けします。(留学センター)


木島平村

氏名: トラン・グエン
国籍: ベトナム
早稲田での所属: 商学研究科ビジネス専攻

この「農村体験プログラム」に参加を申し込んだ時点では、このような素晴らしい経験をするための準備はあまりできていませんでした。この旅では、東京を離れ新鮮な空気を享受するだけでなく、名高い農業地区を探索するとともに、日本の伝統文化や村の遺跡について学ぶ機会がありました。主な活動は以下のようなものです。

・農家の方にインタビューし、米の収穫の様子を見学
・小規模な木材工場と農業高校を訪問
・村の伝統的なお祭りに参加
・村長のお宅に滞在

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村の農家の人々が、どのように機械を使って稲の収穫をするのか学びました

農業地区の散策中には、農家の方々から果物を分けてもらったり、自宅や仕事場を訪問させてもらったりしました。初めて出会った者に対してこれだけの信頼を置くようなことは、ほかの国では見たことがなく、大変素晴らしいと思いました。残念ながら、あの優しい村の人たちへ感謝を余すところなく伝えるほど、私の日本語はうまくはなかったのですが。

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素晴らしい村のお祭りに参加しました

私たちのグループのことは、早稲田大学留学センターの山口さんと谷本さんがよく面倒を見てくれました。日本の伝統文化について辛抱強く説明してくれたり、村の人たちへ感謝を伝える手助けをしてくれたり、旅の間のトラブルを解決してくれたりしました。おかげさまで、何の心配もなく、素晴らしい経験を100%楽しむことができました。

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見てください!ホストファミリーによる豪華な夕食です

これまでは、ツアー旅行では提供されないような様々な活動を楽しむために、多くの場合ひとりで日本国内を旅してきました。けれども今回の木島平の旅は、過去の旅とは全く異なっていて、観光を楽しむだけでなく、とても自然で興味深い方法によって、ビジネスや農業、文化について学べたという意味で、驚くべき旅でした。


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農村体験プログラム

氏名: ダニエル・ソマセット
国籍: イスラエル
早稲田での所属: 政治経済学部

早稲田大学留学センター主催の「農村体験プログラム」は、私がこれまで経験してきた中でも、間違いなくもっとも生き生きとした豊かなものでした。日本の農村地域での生活についてのとても貴重な見識が得られ、また地域に住む方々と交流する特別な機会を持てたことにより、とりわけ記憶に残る旅となりました。
 

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この旅では、私たちが交流を深めた人々より、大変行き届いたもてなしや協力を受けました。なかでも、木島平村滞在中のガイドでありホストであった竹原さんによるサポートは、どんな期待をも上回るものでした。また彼らは、私たちが単なる外部からの観察者なのではなく、直接的な参加者であるという気持ちになるような雰囲気や環境を作るのに貢献してくれました。

留学センターにより企画・実施されたこの村での様々な活動は、興味深く、楽しく、そしてまた大変意義深いものでした。留学センターの担当者の方々は、地域に住む人々を会話に引き込み、村での生活や仕事についてインタビューを行い、一方で学生に質問をするよう促していました。このような、学生と、地域の農家や企業家、村役場の方々との間の交流は、留学センターの方々がいなければ不可能だったでしょう。

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日本にやってきて以来、早稲田大学がいかによく知られており影響力を持っているかを知るにつけ、面白く思っていました。しかし今回のプログラムに参加している間、私は心から、この影響力の大きさをありがたいと思いました。人々はしばしば、たった一言大学名を言っただけで、親しみをもって対話をしてくれました。この長きにわたる評判は、早稲田大学がいかに社会福祉に貢献し、そして日本社会に溶け込んでいるかを証明しています。私たちが学生としてできることは、こうした状況をうまく利用し、日本社会についてもっと知ることです。留学センターの「農村体験プログラム」は、まさにそのような機会を提供してくれるものでした。



早稲田サマーセッション 2015

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氏名:
 鈴木 昭太
国籍: 日本
早稲田での所属: 
政治経済学部 政治学科3年



サマーセッションに応募した理由
私がサマーセッションに応募した理由は、留学前後の自分の変化を確かめたかったからです。私は1年次から留学センター設置科目を受講していましたが、当時は語学力に自信がない上に、ためらうことなく意見を発表するという雰囲気にも慣れていませんでした。そのため、海外からの留学生たちと議論をする際に思うように貢献できず、悔しい思いをしました。1年間の交換留学を終えて、自分は留学前と比べてどの程度変わることができたのか、一方でまだ足りないものは何なのか、それを見極めてやろうという思いがサマーセッションに取り組む際の原動力でした。
 

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サマーセッションの感想
私はサマーセッションを通じて、上記の自分の目的を達成するだけにとどまらず、たくさん貴重な経験をすることができたと感じています。私は政治学のクラスとビジネスのクラスを受講しましたが、どちらのクラスもフィールドトリップやゲストスピーカーによるレクチャーが活用されていて、非常に充実した授業でした。たとえば政治学の授業では、フィールドトリップで国会議事堂を訪れました。フィールドトリップ当日は本会議場などを見学するだけではなく、古川元久衆議院議員とのディスカッションセッションがありました。現職の国会議員と日本の政治課題について議論できる機会は非常に貴重なものだと思います。さらに、海外からの留学生たちが古川議員に積極的に質問している姿を見て、もし自分が外国の議員と議論をする際に、彼らと同じように質問ができるくらい、海外の政治に関心を持つことができているだろうかと感じ、大いに刺激を受けました。
 

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ビジネスのクラスにおいても、起業家として活躍されている早稲田大学OBの尾形太陽さんがゲストスピーカーとして来てくださり、知らずのうちに起業という選択肢を除外していた自分に気づき、自分の将来について再考するきっかけになりました。
 
また、私が受講した2つのクラスに共通していえることは、グループワークを通じて海外からの留学生たちと協働する機会が多いという点です。グループプレゼンテーションの準備のために授業内外で議論を重ねたので、それを通じて互いの意見や価値観を深く理解することができました。
 
サマーセッションで出会った留学生とは、授業以外においても交流しました。私の場合は、授業の後に早慶サッカー定期戦を一緒に観戦したり、一緒にご飯を食べに行ったりして親交を深めることができました。何らかの理由で日本に興味を持ち、サマーセッションに参加している学生たちなので、日本人の学生としても共通の話題を見つけやすく、すぐに打ち解けることができたのだと思います。このように、海外からの留学生と仲を深めることができる点もサマーセッションの魅力だと感じました。

もうひとつの国際部の物語

氏名: ウィリアム・J ・ベッテンコート
国籍:
USA
早稲田大学在籍期間と所属: 1972-73年、国際部(留学生別科)
現職:
米国ワシントン州立エドモンズ・コミュニティ・カレッジ教員

早稲田への留学経験が、あなたの職歴や学歴にどのように役立ちましたか。
数週間前、ジム・モックフォード氏が載せた1974年の大隈講堂前の集合写真* を拝見し、私も昔の記憶を
探ってみようと思いました。その結果、当時のことを鮮明に思い出し、早大国際部の歴史をもう2年ほど遡る
ことができました。1972年当時、カリフォルニア州立大学連盟からの10名のうちの一人、ハンボルト州立大
出身の学生として、初めて米国以外の地を踏みました。そのため、学部時代の3年目は予想どおり、大変
刺激的な一年でした。そして早稲田への留学直後に、神田にある民間の英国系語学学校で、法人顧客を
相手にESL(English as a second language - 第二言語としての英語)を教える仕事に就きました。
* http://www.cie-waseda.jp/win/jp/blog/20141216_02351.html
 

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大隈講堂1972年

2年ほど経ち、主に日本での経験がきっかけで専攻を国際関係論に変更し、1976年にサンフランシスコ州立
大学を卒業しました。茨城県水戸市で短期間ながらも再度ESLを教えた後、神戸製鋼の化学機器部門の技術
文書スペシャリストのポジションを得ました。数年後、休職し米国に戻り、1980年にサンダーバード国際経営
大学院にてMBAを取得しました。このとき、早大卒の恋人(野村ゆかり、1975年文学部英文学科卒)と結婚し、
神戸に戻り、神戸製鋼の建設機械研究所のトレーナーという新しいポジションに就き仕事を再開しました。
 

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結婚式1980年
 

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神戸製鋼のオフィス

1984年に第一子が生まれた後、私たちはシアトルに移り、そこに定住することにしました。私はワシントン
州の貿易経済開発局にて太平洋貿易スペシャリス トのポジションに就きました。1988年にエドモンズ・
コミュニティ・カレッジに移り、はじめは1年契約で、国際ビジネス研究学部の開設に携わりました。 以来今日
に至るのですが、学部の様相もずいぶん変わってきました。数年後には退職する予定です。
要約すると、1972年から1984年の間に、日 本には合わせて9年半滞在し、その間に留学、就職、そして
結婚したことになります。ゆかりと私は2人のバイリンガルの娘を育て、今年2月には初孫が生まれ ました。
合計90か月の間日本の厚生年金を支払ったので、私は今、日本政府から、ささやかながら年金を受け
取っています。従って、早稲田での留学が私の職歴や学歴に大いに役立ったと言えると思います。

早稲田で最も忘れられない出来事は。
1972年12月に大学が企画した関西方面への旅行は、素晴らしいものでした。それまで日本に関することは
すべてまったく無知だったので、日本の芸術、歴史、文化を数か月勉強し、それから実際に現地を訪れたり
現物を見たりしたことは、大いに意義深い経験でした。また、国際部グループのほかの方々と旅館に一緒に
泊まったのも楽しかったです。私たちが撮った記念写真では、皆がそれぞれミスタードーナッツのドーナッツ
をひとつずつ持ち、ゆかたを着て畳の上でまじめくさってポーズをとっている姿が見られます。

WiNメンバーへのメッセージ :
2000年頃、私はついに人生の折り返し地点に来たと感じ、それゆえ私の日本での経験を小説にする作業
に入り、2008年にその本を自費出版しました。私は、私ととてもよく似たキャラクターをつくりました。その
キャラクターはカリフォルニア中部の農家の少年で、カリフォルニア州立大学留学プログラムに軽い気持ち
で参加、早稲田に留学します。そして、ホストファミリーや日本人、米国人含めた友人らに支えられ、私の
化身は、自分自身が驚くほど、また誰も予想できなかったほどに、日本に深く関わりをもつようになります。

小説の題名は "Seagulls Astray" (「迷子のカモメ」)です。
トラフォード出版(Trafford Publishing)ISBN 978-1-4251-5978-8 Kindle ASIN: B00AABEF9G.
 

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宣伝文句は以下のとおりです。

  「この小説は、若者がどのように『大学生からキャリアの道を歩き始めるまで』の変遷を遂げるかを
検証している。どちらの人生がより楽だろうか、カリフォルニアの農家出身で、目標を探して日本を
さまよう流浪の民か、それとも東京で家族との強いしがらみに捕われた日本人娘か。
  チコ州立大学にて将来性に乏しい社会学を専攻し、最終学年時に東京の早稲田大学に留学して
学位を得たラッセル・グーラートは、日本には雇用機会はあるものの、日本に住み日本で働くうえで
その文化、法律の複雑さによく戸惑う。対照的に、東京生まれで東京育ちの笹塚かおりは、性別により
社会の期待感が明らかに異なるという状況が根本的に変化しつつあった当時の日本社会において、
高い志をもつ女性として同様に難しい課題に直面する。
ラッセルとかおりは就職の機会を求めるが、彼らはともに、熱く燃えた1970年代の東京の企業の要求に
応じそして逆らい、どちらがより迷子になっているかも分からなくなるほど、ともに嵐に遭ったかもめの
ような感情をもつ。
  この小説は、この2人の主人公や同時代のキャラクターらをとおし、1970年代の日本の生活を細やか
に描写している。」


上記は、私の本を買わせようとする恥知らずの努力に見えるかもしれません。買って頂ければとても嬉しい
のですが、小説の自費出版を経験した人なら誰もが分かることですが、本業は手放さないのが一番ですよ。

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2014年11月の家族写真、後列中央がベッテンコート氏

写真の中の、40年間の思い出

氏名: ロジャー・ジェームス(ジム)・モックフォード
国籍: 米国
早稲田大学在籍期間と所属: 1974-75年、国際部(留学生別科)
早稲田大学での専門: 日本語および日本文学
現職: ワコム・テクノロジー・コーポレーションにてソフトウェア品質保証エンジニア
職務の概略: ペン&タッチタブレット技術関連製品における、グローバル認証・品質保証プログラムの管理・運営

早稲田への留学をとおして、あなたのキャリアや学問の道がどのように開かれていきましたか。
1980年代のワシントン州日米協会でのエグゼクティブ・ディレクター、1990年代の米国での大学準備プログラムの日本語の先生、そしてここ15年間のワコム・テクノロジー・コーポレーションでのソフトウェア品質保証エンジニアなど、私のキャリアには常に日本との関わりと日本語が不可欠でした。

早稲田大学で最も印象的だったことは。
1975年6月、大隈庭園で行われた国際部の最後の集まりとなる送別会で、日本語でお別れのあいさつをするよう頼まれたことです。素晴らしい天気に恵まれたこの日、私はあいさつのなかで、私の日本人のホストマザーとその家族が、ホームステイの間に私に日本語と、教室内の勉強だけでは決して教わることができなかった日本文化を教えてくれたことに対する感謝の意を述べました。ホストマザーは、涙を流して喜んでくれました。私たちは素晴らしい友情を築き、以来40年間、連絡を取り合っています。


写真のなかの、40年間の思い出
ロジャー・ジム・モックフォード


WiNメンバーの皆さん、私の早稲田大学国際部の学生時代から40年間、なんと、時の経つのが早いことでしょう!オレゴン大学からの交換留学生として、1974年秋に早稲田に参りまして、ホストファミリーや滞在期間中に作った数多くの友人らと、素晴らしいときを過ごしました。休日や休暇の間に、伊豆、那智の滝、潮岬、足摺岬、青島と日南海岸、萩、広島、福島、松島、北海道など、地方にも旅行しました。過去40年間、私は日本に30回ほど訪れ、2012年には、日本での学生時代以来となる、東北地方の東日本大震災復興地域を訪れました。私の人生は早稲田での年月に大きな影響を受けており、このブログで公開するには収まりきらないほどの、数多くの経験をしました。

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これは1974年9月6日、早稲田大学の大隈講堂の前です。8月31日に日本に到着し、寮に数日間滞在したあと、9月3日にホストファミリーと会い、間もな く秋学期が始まりました。2014年は、我々早稲田大学国際部交換留学生としての日本滞在の40周年であり、思い出話と写真とで、その経験を振り返ってみ ようと思います。

私はオレゴン大学で日本語を勉強、オレゴン州高等教育機構(Oregon State System of Higher Education OSSHE)早稲田プログラムのメンバーでした。したがって、私の友人の多くがオレゴンにある大学の学生でしたが、カリフォルニア私立大学連盟(California Private Universities and Colleges - CALPUC)、カリフォルニア州立大学連盟(California State Universities - CSU)、五大湖私立大学連盟(Great Lakes Colleges Association - GCLA)、中西部私立大学連盟(Associated Colleges of the Midwest - ACM)、その他一般の留学生や早稲田の様々な学部で勉強している日本人学生とも、友達になりました。写真は、大学のオリエンテーションのときに撮られたものです。間もなく我々はそれぞれ、東京近郊の、キャンパスに対しあらゆる方向に点在するホストファミリーの家に住むことになりました。

tanaka-san-in-red-dress.jpgのサムネール画像

私のホストファミリー、田中実さんとその奥様芙美子さんは、彼らにとって初めての交換留学生として、ご自宅に私を招き入れてくださいました。家に米国人が いれば、3人のお子さんが英語の勉強に興味を持ち、英語を話せるようになるかもしれないと期待したからです。田中家は、南東京の平和島の地域に住んでいま した。現在は平和の森公園などの素敵な公園がありますが、当時はまだ海に接した工業地域であり、開拓されていませんでした。私はすぐに、平和島駅から電車 に乗って品川駅で降り、東京を巡る、かの有名な山手線に乗り換え、小一時間かけて高田馬場駅まで行き、早稲田駅まで地下鉄に乗ることを覚えました。我々学 生は、高田馬場から早稲田まではよく歩きました。地下鉄はものすごい混みようだったし、この軽い運動が気にならなかったからです。 写真: 赤い服を着た田中芙美子さん

1974年秋学期には、和田禎一教授の「日本の経済生活」、武田勝彦教授の「現代日本文学」、および生き生きとした杉山教授の「日本語」の授業などがありました。和田先生の「日本の経済生活」は、私が受けた現代日本に関する教育のなかで最も重要な講座だったように思います。1970年代半ばに行われていたのは、日本の戦後30年間における凄まじい経済成長と、その影響がそれからの数十年間にどのような形で現れることが予想されるかを認識することでした。言い換えればそれは、数多くの国のなかで日本こそが、学問・交流の対象としてその未来が約束されている国である、という、キャリアの道を歩き始めたばかりの一大学生に対する警鐘だったのです。実際、日本語を勉強し1974年に日本に向かったことは、それからの40年もの間、私のキャリアに影響を与え続けました。

オレゴン大学では、ステファン・コール教授の日本文学の入門講座を取りました。コール教授は、オレゴンの留学プログラムのレジデント・ディレクターとして、オレゴン大の生徒と一緒に日本に来られました。コール教授は日本での一年間、日本文学の講座を教えていました。奥様のステファニーさんと、3歳のお子さんのデイビッド君も一緒でした。ご家族で、大隈庭園近くのゲストハウスに住んでいらっしゃいました。私はコール先生の入門講座はすでに受講していたので、1968年にノーベル賞を受賞した川端康成、三島由紀夫、谷崎潤一郎、遠藤周作、夏目漱石、その他の近代日本文学の作家による文章を読むことが必須であった武田先生の講座に興味がありました。武田先生は、日本文学についての数多くの本の著者、共著者、翻訳者であり、また川端康成などの数多くの一流の日本文学作家ら、研究者らと知り合いでした。

杉山先生は、我々に一生懸命日本語を教えようとしてくれました。我々の誤解、言い間違い、こっけいなやりとりも、じっと我慢してくれました。そのうち我々は、少しずつ、日本語が話せるようになりました。我々のなかには、すぐに英語を教えるアルバイトを始める者もいたし、また、週末に東京教育センター(Tokyo Education Center)でアルバイトをする者もいて、間もなく日本で外国語を教えるということについての理解も深めました。秋学期には、運動会や、早慶戦に代表される日本最大級の大学対抗戦などもありました。

12月には、早稲田が関西地方(京都・奈良)へのオプショナル・ツアーを企画してくれましたが、1971年に行ったことがあったので、オレゴン州ポートランドから来た仲間のトム・タケウチと別途、南本州と四国に行くことにしました。これは、大変風光明媚な日本の片田舎を、電車、ヒッチハイク、船、ハイキングなどで楽しむ、素晴らしい旅となりました。

1975年の冬は、東京では気温が低く、ときに雪が降るような天候でした。家では、小型暖房機や電気炬燵、もしくは旧式の家では火鉢付きの掘り炬燵など、多くの場合暖房器具が限られており、家でも教室でも、我々は暖かい恰好をしていました。私の家には電気炬燵があり、家族が勉強をしたりテレビを見たりして、私にとって日本語の勉強にはもってこいの場所でした。寒い教室よりも暖かい炬燵の方が、日本語の勉強に役立った可能性が高いです。

ダン・フット、マーク・ヒラバヤシ、キース・ピーターセン、ナンシー・サイダーなど、早稲田クラスメートのなかには、東京教育センターで英語の先生のアルバイトをする者もいました。我々は、英語を教えるなかで日本語をたくさん学びました。伊豆などの景色のよい場所にある、スポーツもできるリゾート施設で、合宿と呼ばれる、東京を離れた研修プログラムにも参加しました。このプログラムではスポーツをしながら英語を教える機会があり、楽しく英語でテニスを教えたり、日本の小中学生が対象のオリエンテーリングで、ヒントや行くべき方向を英語で指示したりしました。

私は冬の間に福島県を旅し、田中家の家族と磐梯山近郊にスキーに行き、春の終わりには磐梯山に登山に行きました。田中家の母方の祖父母が会津若松の伝統的な農家で、秋の米の収穫時、冬の雪の間、そして春の田植え時など、何回か訪れる機会がありました。早稲田の春休みには日本の南の方を旅行しようと思い立ち、高知、足摺岬を通り宇和島からフェリーで宮崎に渡り、日南海岸、鹿児島、熊本、そして最後に博多を経由し、本州に戻り萩と広島を訪れました。

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足摺岬

春学期を迎え東京に戻ると、旅行や英語の先生など様々な経験を積み、様々な課題に挑戦し、また日本文化にたくさん触れたことで、私の日本語力が格段に向上したと感じました。春には、私のホストファミリーの兄弟、田中信也君と二人で北海道を旅行しました。摩周湖の周りの雪がちょうど溶けかかっている頃でした。日本の主要4島のうち、本州、四国、南端の九州でしたのと同様に、北端の北海道でも、ユースホステルに泊まりました。

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私は、森鴎外の孫の森常治教授の授業を覚えています。森教授は、我々に日本の詩を、大変注意深く説明してくださいました。森教授は後に早稲田の名誉教授となり、今、恐らく83歳だと思います。何年かのち、私は何度か「水月ホテル鴎外荘」に宿泊し、中庭にある森鴎外の旧居を見て楽しみました。 写真: 森常治教授の、日本の詩についての授業

5月下旬、私は、早稲田での1年が終わりを迎え、最後の送別会の際、日本語でお別れのあいさつをする、国際部米国人学生の代表に選ばれたことを知りまし た。そこで私は、幾人かの日本人の友人に、スピーチを書くのを手伝ってもらいました。ホストマザーを驚かせたかったし、私が日本語をかなり流暢に話せるよ うになったのは、そして日本での1年間がその後40年もの間大切に思い続けることになるような経験になったのは、ホストマザーを含めた田中家の人のおかげ によるところが大変大きいという意を示したかったのです。

 

 

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大隈庭園での送別会

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送別会にて、着物を着たブルース、キャロライン、ジム、ジョアニ

ホストファーザーの田中実さんは、何年も前に他界しました。ホストマザーの田中芙美子さんは、いまだに1974年に住んでいた家に住んでいます。田中家には3人の子どもがいます。長男の信也君はカナダのカルガリーに住んでおり、何年も前から寿司屋を経営しています。信也君の娘さんの温子さんは、ソチオリンピックで、カナダのスキーチームのメンバーとして、スキージャンプ女子で12位でした。田中さんの長女こずえさんは、結婚してパリに住んでいます。次男の順也君は、イタリアに住む、有名な芸術家・彫刻家です。

我々の一部は、何年も経た後、集まる機会がありました。また、なかには早稲田の経験によって豊かとなったキャリアを積んだ者もいました。我々はまた、共通の学生時代の思い出に基づく友情を堪能するとともに、皆が集まれるときに昔のクラスメートと開く同窓会を楽しんでいます。日本での交換プログラムの40年後、クラスメートと撮った写真です。

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ブルースとジム(2012)/ ジムとダン・フット(2012)
 

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キャロライン、リビー、デイブ、クリス、ジム、ユージーンでの同窓会にて
 

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左から、カルメン、デイブ、オレゴン大学の友人マーシャ、ジョアニ、ジム
 

日本・アジア青少年サイエンス交流事業「さくらサイエンスプラン」

フィリピン デ・ラ・サール大学の学生が「さくらサイエンスプラン」に参加

文: ジョエネル・G.・ガルピーノクリスチャン・V.・カリンガル
写真: ジョナサン・デュンカ教授ジアアン・ジェサレム

2014年10月12-18日、早稲田大学とアジア平和貢献センターは、「日本・アジア青少年サイエンス交流事業」
(「さくらサイエンスプラン」)を主催しました。フィリピンのデ・ラ・サール大学 (De La Salle University - DLSU)
の教授2名、学生28名が参加。地球環境や資源の大切さを学べる交流プログラムでした。


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早稲田大学でのウェルカム・パーティー

初日には、早稲田大学にて創造理工学部・大和田秀二教授が一連の講義を担当しました。大和田研究室の
複数の学生が研究のプレゼンを行い、大和田教授が、社会における経済、人口、食糧、資源の役割の重要性を
語りました。その後、デ・ラ・サール大学からの参加者は研究室を訪問、研究室の学生の研究を、より深く理解
することができました。 
 

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大和田研究室を訪問

また、デ・ラ・サール大学の参加者を正式に歓迎するべく、ウェルカム・パーティーが開かれました。デ・ラ・サール
大学の教授や学生は、感謝の気持ちとこの機会の重要性を示そうと、フィリピンの民族衣装を着てくれました。

DLSUの参加者は、大和田教授による講義に関連し、リサイクル工場を訪問しました。プリント回路板(Printed
Circuit Board - PCB)、エアコン、テレビなどの廃棄物から、さまざまな工程を経て、ほかの産業において有益と
なる、低産出量の貴重な金属を得ることができます。これらのリサイクル工場の担当者による講義も行われ、
DLSUの参加者は、これらの工程に対する理解、またこれらの施設の目指すところの重要性に対する理解を
深めることができました。 
 

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リサイクル工場訪問

交流プログラムの一環として、DLSUの参加者は、宇宙航空研究開発機構 (Japan Aerospace Exploration
Agency - JAXA) 、産業技術総合研究所 (National Institute of Advanced Industrial Science and Technology
- AIST) 、および日本科学未来館を訪問しました。
 

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DLSUの参加者と早稲田大学の学生

本プログラムの正式な終了に際し、DLSUの参加者に向けて修了式が行われました。DLSUの参加者に対し、
科学技術振興機構(Japan Science and Technology Agency - JST)の理事長、中村道治博士より、修了証が
授与されました。
 

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修了式


DLSUの参加者たちの感想:
 
“The Sakura Exchange Program was a wonderful experience for me, not only as a a student by in the entirety of my person as well. It made me realise that people are not really different after all, especially during the time when we spent with several Japanese Students from Waseda University. It gave me this sense of camaraderie and that striving for excellence and the constant search for knowledge can be achieved through involvement with different kinds of people as well, not only through one's mere effort. The Exchange Program has transformed me to see a world in a whole new perspective. I suggest that this opportunity that was given to us to take part in this program should be prolonged as a unifying form of connection between De La Salle University and Waseda University. Not only strengthening the relationship between the two universities but the two countries as well. Japan and the Philippines in merging into achieving the goal of a better society and world.”
Acosta, Dwayne Mark Y.
Bachelor of Science in Civil Engineering with Specialization in Structural Engineering

“Japanese people are really great teachers of science and technology. This country is really one of the best in the world when it comes to those fields. And I think the main reason why Japanese people are successful is because of their discipline. They are very strict when it comes to following their time and schedule.”
Allas, Mikel Jason DG.
Bachelor of Science in Chemistry

“I realized that Japan is really a very impressive city and that the Philippines has a lot to learn from Japan. I believe that with the right work, time and dedication, the Philippines really has a chance to improve as a country.”
Baltazar, Gabriel Rupert C.
Bachelor of Science in Manufacturing Engineering and Management
with Specialization in Mechatronics and Robotics

“The SAKURA Exchange Program was truly an enriching experience. I definitely learned a lot about resources recycling and it made me to be more motivated in protecting the environment. Also, our interaction with the other Japanese students made us appreciate Japanese culture. Although there are partly some hindrance (due to language barrier), overall it was really fun and enjoying.”
Bernadas, Edmar D.
Bachelor of Science in Chemical Engineering

“I observed that the Japanese are very well organized. All of the schedules are followed on the dot. In
addition, they are also hospitable. They always make sure that the foreign students are feeling comfortable and are learning a lot in their program.”
Caringal, Kristian Lawrence V.
Bachelor of Science/ Master of Science in Civil Engineering with Specialization in Structural Engineering

“The Sakura Exchange Program in Science is truly an unforgettable experience that enables us to fully
interact with the locals, especially the very warm hearted university students and staff, and experience
Japanese culture. I can say that this program has bridged the two Asian countries closer to each other; I
believe this will also be true for the succeeding ones. My only recommendation for the program is that as
part of the culture exchange; also let the exchange students taste the local cuisine like ramen, sushi,
sashimi and such. Overall, the program was a huge success.”
Castillo, Calvin T.
Bachelor of Science in Chemical Engineering

“The Sakura Exchange Program was a very memorable experience to all of the delegates. They were very hospitable to us and they made sure that everything would go smoothly and according to plan. They were very strict about the schedule and for example when they say 9:00AM, its 9:00AM sharp.”
Chioson, Charmaine B.
Bachelor of Science in Mechanical Engineering

“The program was very well balanced and organized. There were enough activities to fill ourselves with new information regarding resource recycling and at the same time, we still were able to sight see all over
Japan. I wish the program would have lasted for another week so we could learned more and visited more
places. I also hope to be in one of Dr. Owada's lectures since his delivery was superb.”
Chua, Renz Anderson D.
Bachelor of Science/ Master of Science in Civil Engineering with Specialization in Structural Engineering

“Although my course is not engineering, I found the program really helpful. At first I thought that recycling was just a simple thing to do, but when the Japanese showed us what happens to old materials/machines, it gave me a new perspective about recycling.”
Consul, Denise Neri I.
Bachelor of Science in Mathematics with Specialization in Business Applications

“The SAKURA exchange program was a successful event wherein we DLSU students were able to learn more on the advanced research and technological innovations that Japan has to offer. Moreover, the DLSU students were able to bridge our connections to the Japanese community specifically, through the students and professors of the Faculty of Science and Engineering in Waseda University. Thank you very much for this wonderful and fruitful opportunity.”
Cruz, Joseph Benjamin Z.
Bachelor of Science / Master of Science in Civil Engineering
with Specialization in Construction Technology and Management

“The exchange program was very accommodating, well thought of, relatable and relevant to us. I suggest that there should be more lectures on how recycling happens in Japan so that it can spring up ideas to the listeners :)  Also, I suggest that the delegates (we, the 30 Filipinos chosen to be delegates) still get in
touch with the programs of Waseda University. I do hope that the Waseda Science Club is a group we will look forward to in the future. I hope that you still connect with us, even now that the program is over. :)
Thank you so much for the experience! It was indeed a ONE OF A KIND EXPERIENCE, CLOSE TO OUR HEARTS, an experience we will always be grateful of. Thank you! :) We hope to visit again soon.”
Culaba, Florence Joan Q.
Bachelor of Science in Psychology

“The itinerary prepared for the program was good. It was well-organized and the facilitators were able to
cope with the weather changes easily.  The visit to the recycling centres were very interesting for me since I do not think we have that in the Philippines, and not a lot of people has access to that experience.
I am also thankful that we were given the chance to meet students from Waseda University because it is also a way expanding our networks. It's great that we became friends with them because when they go to the Philippines, they could just contact us and we'll give them a tour. I'm also glad that you provided us speakers who shared their experience about going on exchange and inspired us to try enrol in Waseda
University.”
Culaba, Nicole Vienne Q.
Bachelor of Science in Psychology

“Japan is a very traditional country which time is very essential. They are a very developed country with
citizens that is very disciplined and punctual. Time is very important to Japanese, they are very strict in
terms of their time. The disposal and recycling of waste materials is a very rigorous task but the Japanese government and private companies cooperated well to make the task more simple and efficient.”
Galupino, Joenel G.
Master of Science in Civil Engineering with Specialization in Structural Engineering

“I feel so fortunate to have this opportunity to experience the impressiveness of Japan’s culture and
advancements first hand. I really hope more students from the Philippines can experience what I  experienced here in Japan. I’ve always thought Filipinos are the most hospitable in the Asian region but now I think the Japanese deserve the recognition most. I also think Japan would be a very suitable place for researchers.”
Gan, Michelle C.
Bachelor of Science in Manufacturing Engineering and Management
with Specialization in Biomedical Engineering

“The Sakura Exchange Program was an experience that I would never forget in my whole life. The program allowed us, Filipinos, to engage and interact with Japanese students from Waseda University. One of the things I really appreciated the most in the program was learning new information about Japan, such as their culture, technology, people, and etc. It was also wonderful and humbling that the program coordinators scheduled some time for us to go around Tokyo, Japan. Overall, the exchange program was an amazing experience.”
Gesalem, Jiaan Regis G.
Bachelor of Science / Master of Science in Civil Engineering
with Specialization in Transportation Engineering

“The Sakura Exchange Program heightened my experience in Japan since it was my first time and aside from the scenery, I was able to gain knowledge about environmental engineering and research. It made me grow as a person because I was able to connect with other students, built up friendship and exchange stories about our cultures. I am really impressed with the staffs that worked hard in putting up such organised program that made our stay in Japan memorable. I hope there are more programs like that so that we can join again.”
Juego, Modwena B.
Bachelor of Science in Civil Engineering with Specialization in Structural Engineering

“The program was well organized and the content was comprehensive. I learned a lot from the different
recycling technologies to the culture of Japan. Personally, I was amazed by how the Japanese give importance to time. They are also very hospitable and generally they are very kind to everyone. I also observed that the Japanese are systematic, and they are also much disciplined.”
Magdaong, Jeremy Jay B.
Bachelor of Science in Mechanical Engineering

“Some of the Japanese students which we interacted with had previously been to the Philippines. This paints a great picture as to the openness as well as the attractiveness towards foreigners of the Philippines. However most were only able to go to Cebu. Though Cebu is a great place in the Philippines, it lacks the power to truly portray all aspects of Philippine living. IF they wish to truly understand the dominant culture found in the Philippines, I think that they must also experience a stay in Manila. As Manila is the center of the Philippines it is also the center of culture of the country.”
Manzano, Abiel Bernielu L.
Bachelor of Arts in Political Science

“The Sakura Program was impressive, I learned a lot of the culture of Japan. And it made me realize how
hospitable Japanese people are.”
Mayol, Andres Philip
Bachelor of Science in Mechanical Engineering

“I realized that Japan is really a very impressive city and that the Philippines has a lot to learn from Japan. I believe that with the right work, time and dedication, the Philippines really has a chance to improve as a country.”
Peralta, Kean Adriel Filip M.
Bachelor of Science in Manufacturing Engineering and Management
with Specialization in Mechatronics and Robotics

“The country (Japan) already speaks for itself. They have a very organized system in everything that they do especially in their subways, convenience stores, restaurants and universities. Also, their facilities are
clean and are well maintained. Like the Philippines, the people of Japan are very welcoming especially to
strangers. A random citizen helped me while I was jogging and even accompanied me going to the main street. Visiting Waseda University was one of my highlights of the activity. They have different rules compared to DLSU and their facilities are very high end. The students also reflect the system of the university by being welcoming and open.”
Rama, Alvaro Martin M.
Bachelor of Science in Manufacturing Engineering and Management
with Specialization in Mechatronics and Robotics

“I think that anyone that are studying in Waseda are lucky students. It is nice that the facilities are advanced. Also, the students I've met are all very friendly and approachable. I think it would be difficult at first to fit in because of the language barrier but the students' hospitality makes up for it. The program
itself was very fun-filled and I just hope that there was a day when we could have roamed the beautiful city of Tokyo and appreciate its history too.”
Rice, Samantha June M.
Bachelor of Science in Manufacturing Engineering and Management
with Specialization in Biomedical Engineering

“The Concept is very new to me. I was mesmerized on how Precious metals and minerals could be retrieved and recycled to such a great extent. This truly is an amazing technological advancement that would benefit not only the people, but also the environment. Recyling waste materials must be of high priority. Dr. Owada’s lectures are very impressive and eye opening to the extent to which we can help the environment from deteriorating furthermore. They are enjoyable and interesting.”
Sanchez, Heisen Hayes M.
Bachelor of Science in Civil Engineering with Specialization in Structural Engineering

“I think that the students were enlightened by the plant tour. Electronic wastes need not be thrown away
when it is of no use anymore. It can be recycled again and made into a new material. I think this movement is really helpful to the present situation of our planet earth. We should learn how to utilize the wastes and find a way on how to make good use of them.”
Sanchez, Ivy S.
Bachelor of Science in Civil Engineering with Specialization in Structural Engineering

“It was a greatly beneficial experience. You do not only gain knowledge on something relating to engineering but also knowledge on Japanese culture. It would be wonderful if the program could give something like hands on experience as a researcher or more lectures.”
Ting, Racquel Ranchie A.
Bachelor of Science in Chemical Engineering

“Unlike in the Philippines where people are always getting late in works and meetings, Japanese people value their time most. I hope that someday Philippines will be the same as Japan.”
Ting, Sean Johnlee Q.
Bachelor of Science / Master of Science in Civil Engineering with Specialization in Transportation Engineering

“The program is very knowledgeable. It is really designed according to the objectives and is very inspiring
especially to future engineers and researchers.”
Villanueva, Cris Danielle M.
Bachelor of Science in Manufacturing Engineering and Management
with Specialization in Mechatronics and Robotics

“The Sakura Exchange Program is a really great way to encourage students in to studying in Japan. The
program has left a lasting impression on me, on how well the Japanese culture has help shaped their
development. I would very much want to have another opportunity to study in Japan, be it for a year or a
semester. The Exchange program was so perfectly executed that I do not have anything else to add. I would like to take this opportunity to commend the organizers and thank them for their hospitality shown to our group.”
Yu, Jim Harvey C.
Bachelor of Science in Manufacturing Engineering and Management
with Specialization in Mechatronics and Robotics

過去を楽しみに

氏名: ローマン・ローゼンバウム
国籍: オーストラリア
現職: シドニー大学名誉研究員、専門は戦後日本文学と大衆文化研究
受賞歴: 2008年 井上靖 賞(シドニー大学)
早稲田での所属と在籍年: 日本文学研究科、1997-1999年


過去を楽しみに
ローマン・ローゼンバウム(シドニー大学)


「今から20年後、あなたはやったことよりもやらなかったことに失望する。 ゆえに、もやい綱を解き放ち、
安全な港から船を出し、 貿易風に帆をとらえよ。 探検し、夢を見、発見せよ。」 ―マーク・トウェイン

 

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Round 1にて家族でボウリング

私にとって日本は、私の大切な生きがいのひとつであり、オーストラリアでの生活を比較検討するうえで、
比較対象となる国である。私は日本を何度も訪れたことがあるが、重要なのはそのうち3回。一つ目は、法政
大学での学部留学、次に早稲田大学での大学院留学、そして最後に日文研でのポスドク研究留学である。

私は、かつて私の生徒だった友人から、早稲田大学のWiN (Waseda University International Network)
のブログを書くよう頼まれた。10年以上も会ったことがなかった友人だったので、この依頼には少々驚いた。
しかしながら、東京での先生兼、博士課程研究生としての以前の生活を思い出すことができ、これは嬉しい
驚きであった。私は現在、シドニー大学の名誉研究員として、研究と発表を主として活動している。ほかの
研究者同様、世界中の学会に参加し、専門分野のトピックについて論文を発表している。これは、当該分野
の最新の情報を得、仕事仲間と会い、もっとも大切なこととして、旧友と再会し近況を報告し合う手段である。
私の場合、学会への参加は、特に戦後日本文学と大衆文化研究の各分野において、常に後れをとらない
よう最新情報を把握することを意味する。

しかしながら、以前留学生だった者としてWiNに何か書くよう依頼された私は、日本文学の博士号取得に
取り組む文科省奨学金留学生として2年間過ごした早稲田大学での研究の日々を思い出す必要があった。
私は、早稲田に研究留学生として在籍していたが、シドニーに帰り博士論文を完成することが目的であった
にもかかわらず、日本文学の授業に出席していた。簡潔に言えば、私は研究交流生であったが、早稲田大学
は私を地域にある国際学生寮に入れてくれ、また研究のため、図書館の利用を許可してくれた。その当時の
私のトピックであった、戦後日本文学における大江健三郎の文学に集中するには、絶好の環境であった。
私が受給した奨学金はある程度までしかカバーしていなかったため、私はときどき英語を教え、収支を合わ
せていた。これにより、私は、現在でも連絡を取り合う仲の友人の多くを得た。

日本に留学することは、自身の文化からの社会的、個人的支配を超越する手段であった。チェスタートンが、
簡潔にこう言っている。「旅の最大の目的は、外国の地に足を踏み入れることではない。最後に自身の国に、
これを外国の地として足を踏み入れることにある。」日本は、西洋文化の対照として、私の人生において多く
の機会をもたらした、最適な目的地であった。「雀、百まで踊り忘れず」というが、私の日本への旅と日本での
経験が、私の現在の生活を形作っている。何よりも、早稲田での経験により、私の言語そして執筆への愛情が
呼び覚まされた。私は現在でも言語と執筆活動を大切にしているし、また言語と執筆活動が、私を大江健三郎
の哲学へと結びつけてくれた。大江は、こう書いている。「私の文学の根本的スタイルが、個人的な具体性に
出発して、それを社会、国家、世界につなごうとするものなのです。」早稲田で留学生向けの寮に滞在していた
ことは、多くの異なった文化的背景をもちながら、同じような考えをもつ学生と知り合う、最高の機会を与えて
くれた。日本、韓国、中国の学生との生涯にわたる友情、多文化環境における長続きする友情を育む基礎と
なった。このような友情に基づき、私は今日、こうして書いている。
 

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東は東, 西は西, 両者絶えず相交わるべし

早稲田はまた、私の人生のとても個人的な部分と関わりがある。私の人生の同行者であるルイーズは寮で
私と意気投合し、ともに早稲田大学に通い東京に滞在する間に関係を深めていった。そのときは日本に
3年間滞在したが、日本に一緒に滞在する期間と¬¬してはもっとも長いものとなった。私が研究をする間、
ルイーズは地元の学校で英語を教えていた。一緒に生活する方が楽だった。長い日本での滞在のあと帰国
して間もなく、シドニーで結婚し、その後20年以上にわたり、一緒に過ごしている。新ミレニアム(平成12年)
には、双子の男の子を授かった。今はもう高校生になっている。 オーストラリアで生活するうえでも、私たちは
ともに日本を愛しており、いつも、この第二のふるさとを再び訪れる機会を探している。バルトは、この現象を、
「表徴の帝国」にてこう書いている。「日本に来てみると、いっさいが変わる。自国で異国にとりつかれている
オーストラリア人が自国で囚われていた異国の符号の皆無または過剰は、話し言葉と言語、画一性と個性、
個人と種族との新しい弁証法のなかに溶け果ててしまう。」 したがって、我々は、永遠に日本を再訪すること
に囚われ、たまねぎをむくときのように、いつでも最新の楽しい発見の下に隠された「新たな意味の層」を見つ
けるだけなのかもしれない。

2010年には、作家兼活動家の小田実についての本を研究したいとの申請が承認され、再び家族全員で日本
に渡ったが、今回は、古都京都の外れ、桂の近郊に居を構えた。京都を見下ろす日文研(国際日本文化研究
センター)のキャンパスが、それから1年間の住まいであった。双子の息子たちは、地元の桂小学校で1年を
過ごすことになった。 京都での家族の生活はとても素晴らしいものだった。日本中を旅行し、 日本の本質を
自身のなかに、さらに刻みつけた。 日文研での研究の成果として、例えば「小田実の思想と文学」などの
小田実に関するいくつかの出版物を発行できた。我々の日本での生活は、3月11日の東日本大震災により、
劇的に終わってしまった。 したがって、最後の研究論文は、いまだ執筆中である。
 

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白馬での雪の研究

早稲田時代に話を戻すと、振り返ってみて、早稲田大学の遺産、そしてそのなかに私が残したものは
何だっただろうか。いくつかの些細なことが思いあたる。それ自体はあまり重要なことではないかもしれない
が、私の残りの人生のなかでずっと私のなかに残り続けるだろう。 第一は、1997年11月10日に早稲田大学
で行われた「ノーベル賞受賞者を囲む『フォーラム21世紀への創造』というフォーラムである。シェイマス・
ヒーニーや私の研究対象である大江健三郎など、ノーベル文学賞受賞者に会う初めての機会を与えて
くれたのが、このフォーラムであった。
 

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留学生として早稲田大学にささやかな貢献ができた第二の機会は、「繍」の会という文学雑誌をとおして
であろう。私の先生や仲間の学生が、初めての日本語による研究論文を発行する手伝いをしてくれた。

    ローマン・ローゼンバウム「日本現代文学における「周縁と普遍」―「大江健三郎の作品を巡って」
    繍、第10巻、1998、154-62

    ローマン・ローゼンバウム「戦後文学における「亡命」という概念について―大江健三郎を中心に」
    繍、第11巻、1999、175-80
 

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シドニーにて、家族で和食のディナー

今の私からすると、これらの論文がとても未熟なものであることは確かだが、私には、この論文がまるで昨日
書かれたものであるかのように、実体的、具体的であると感じられる。そこに内包されているのは、早稲田
大学およびその文学的遺産の本質にしっかりと結び付けられた、私の一部である。私は、小さいながらもこの
遺産の一部であることに誇りをもっている。 早稲田大学とシドニー大学の間の、現在の知的、学問的パートナー
シップは強固であり、より個人的なレベルでの話をすると、私はシドニー大学に留学中の早稲田からの交換
留学生に日本語のコースを教える機会を得た。 早稲田からの交換留学生は常に、私の心のとっておきの
場所に住んでいる。 最後になるが、早稲田にいる間、多くの課外活動を楽しむことができた。そのひとつには、
エベレストを目指したヒマラヤ登山もあった。が、この話はまたの機会に・・・。

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。

ローマン・ローゼンバウム
 

ローマン・ローゼンバウム氏の最新著書 “Visions of Precarity in Japanese Popular Culture
and Literature” は2014年11月に
Routledge社から出版される予定です。

田んぼで草取り~新潟へのフィールドトリップ~

2014年7月5-6日、新潟県南魚沼市栃窪集落にて、休日農業講座「田んぼのイロハ」の草刈り・草取り編が
開催されました。(NPO法人ECOPLUS主催)今回は、日本の文化と社会を学ぶWaseda Summer Session
の学生12名(オランダ―、オーストラリア、中国、香港など7つの国・地域出身)が参加。何度も参加している
ベテランのアドバイスを受けながら、田んぼの中でどろまみれになって作業を続けました。
 

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初日の5日は、長老の案内で集落を散策。山の神様をまつる十二神社では、本殿脇にある小さなほこらに
ついて、江戸時代に山の境界争いで命を落とした3人の先人をいまもまつり続けている説明を受け、何百年
にもわたって受け継がれている村の暮らしを実感しました。
 

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神社の脇にある小さなほこらにまつわる江戸時代の話を聞きました

午後8時すぎには、集落の奥にある田んぼに向かい、近くの流れから飛び出してくるホタルを鑑賞。ほのかな
明りを点滅させながら飛び交うホタルに歓声が上がりました。

6日は、田んぼへ。カマの使い方を教わっていっせいにあぜに向かい、草刈り。一部ではひざがうもれるぐらい
にまで成長した草を、刈り払いました。長さ50m以上ある長いあぜも、20人以上が入るとあっという間に
きれいになりました。

田んぼの草取りでは、はだしになって田んぼに。背丈30センチ前後になった稲の根元を埋める草を、引き抜い
ては丸めて土の中に押し込む動作を繰り返しました。完全無農薬の田んぼなので、草の勢いはすごく、一部は
稲と同じぐらいの大きさのヒエがびっしりと生えている場所もあり、「無農薬は本当に大変」と学生たちは話して
いました。
 

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「クルマ」と呼ばれる除草機を押したり、田んぼの雑草を引っこ抜いたり、すべてが新しい体験でした

昼食は、田んぼの脇で、はるか先に連続する標高2000m級の山々をみながら、おにぎりをいただきました。
地元の女性達が作った具だくさんのお汁や山菜の煮物、長いままのキュウリの漬物など。まぶしい日差しの
中、水が流れるU字溝に足を下ろして、棚田が連続する絶景を堪能しました。
 

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田んぼの脇のU字溝に足を浸す留学生たち

初日の座学などを通じて、農村部の過疎高齢化などの課題についても学んだ留学生たちには、日本の
素顔にふれる場となりました。

 

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