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    7. 就職活動体験談~第一志望の企業の内定をもらうことは夢ではない~
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    9. 世界のトップ人材のレベルははるかに高い。だからこそ世界と闘っていくためには、野心と向上心をもとう。
    10. 今の日本人パスポートは天から降ってきたわけじゃない。未来の日本人へのリスペクトを賭けて戦え
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    21. 早稲田での経験
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    8. 開催報告 ASIAN STUDENTS ENVIRONMENT PLATFORM 2013 2013年8月2日(金)~8月8日(木)日中韓越の学生が韓国にて環境に関するフィールドスタディ実施!
    9. ASIAN STUDENTS ENVIRONMENT PLATFORM 2012 日中韓三カ国の学生による環境に関するフィールドスタディ
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    11. Universitas21 Undergraduate Research Conference 2012 の感想 ①ハードワーク
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    13. [イベント] 開催報告 Universitas 21 Undergraduate Research Conference 2012
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  1. Study Abroad
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    13. フィンランドで、アーティストとして、研究者として
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    13. 医療・福祉ロボットの開発 ~人間科学学術院・可部研究室の試み~
    14. 黒田一雄教授インタービュー: 日本留学について
  1. Volunteer Activity
    1. わたしたちにできるボランティアの第一歩
    2. 「名取市の被災地でのボランティア体験」
    3. 「東日本大震災復興支援ボランティアに参加して」
    4. ボランティア活動を通して垣間見た世界観
    5. 被災地ボランティア
    6. 東日本大震災特集 「ふんばろう東日本支援プロジェクト」

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Blog : Volunteer Activity

わたしたちにできるボランティアの第一歩

Profile
氏名:立山 廉
早稲田大学在籍期間:2008年4月-
早稲田大学での所属:社会科学部

 
  百聞は一見に如かず。バス車内泊というスケジュールにつき、活動できたのはたったの半日程度でしたが、それでも実際に現地に足を運ぶことには大きな意味があります。メディアを通じて目や耳から情報を得ることはとても簡単ですが、自分の身体を通して現地の状況や空気を浴びることのインパクトはメディアを通したそれとは大きく異なります。もっと生々しいものとして、自分自身に襲い掛かってくるのです。

 活動内容は民家のがれき撤去と畑の草刈りでした。被災地の畑は海水を浴びてしまって、雑草が伸び放題の状態です。農業を再開するためには、雑草をすべて抜いて土を入れ替えなくてはなりません。現地の方々の中には、農業を諦めようかと考える人たちも、やはり多くいらっしゃるようです。しかし、ボランティアとして、どんなに泥臭い仕事でもいいから、農地をもう一度使い直せるようにお手伝いをして、農家の方々の背中を押してあげるというのが私たちの役割であると、今感じています。厳密には、“背中を押させていただく”という表現のほうが適しているかもしれません。なぜなら、実際に将来その畑で取れた食物を食べさせていただくのは私たちに他ならないのですから。

 さらに、農家の方のお話によると、現地のお年寄りの方々は、避難所生活で近所の人たちとの交流を絶たれてしまったことをきっかけに、精神的につらくなってしまうケースも少なくないようです。だからこそ、ボランティアの人たちが駆けつけて農地のお手伝いをしながら、少しでも現地の方々と会話を交わすことにも意味があるのかもしれないと感じました。復興には、ただお金を注ぎ込んで、モノをつくり直すだけではなくて、人々の生活のソフトの面でのケアがよりいっそう大切なのだと、改めて気付かされました。

 今回、がれき撤去と草刈りをお手伝いさせていただいた家主の方が、最後の挨拶で涙を流しながら、次のようにおっしゃっていました。 「汚い作業をさせてしまって、ごめんね。本当にありがとうございます。学校に戻ったら、勉強も頑張ってね。」 この中の「勉強も頑張ってね。」という言葉には、二度と同じ被害が繰り返されないでほしい。そのためには、いったいどんなことをすればいいのか、何を伝えればいいのか、おそらく家主さんご本人の中でも、まだハッキリはしていないけれど、それでもなお、若い我々の世代に未来を託したい。という、どこかもどかしさも入り混じったような複雑な想いが感じられました。とても自分たちの未来を考えさせてくれるきっかけを与えてもらった気がします。そのことにまず感謝し、引き続き復興について考え続けること。それが私たちに出来るボランティアの第一歩なのだと思います。
 

こちらもご覧ください
早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター(WAVOC)
東日本大震災復興支援プロジェクト活動報告 >>



 

 

「名取市の被災地でのボランティア体験」

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Profile
氏名:Jansinee Kankaew  カンカウ ジャンスィニーさん
早稲田大学在籍期間:2009年9月-2011年9月
早稲田大学での所属:アジア太平洋研究科


地震が起きた一週間後、複雑な気持ちで私は日本を出ました。「なぜ私は日本に残って人を助けようとしなかったのだろう?」 3月11日の地震と津波の映像が記憶に焼き付いていて、大好きな友達を残してきてしまった気持ちでした。 
そこで、日本に帰ってきたらボランティアしようと心に決めました。 この災害で苦しんでいる人達のために何かをしたかったのです。

外国留学生で、日本語もあまり流暢にしゃべれない私にとっては、ボランティアも簡単ことではありません。役に立つ変わりに、みんなの足を引っ張ることになるにではないかというのが一番心配でした。
外国人でもボランティアができる所を探しているときに、WAVOCが宮城県名取市に行く早稲田大学生のボランティアを募集していることを知りました。WAVOCは日本語を話せない人でも参加可能だと聞いてすぐに応募しました。

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現地は、ニュースの映像と同様に、町中にがれきが散らばっていました。 津波は家も、車も、ビルも船も全部流してしまいました。 
以前は混んでいた町が、今はガラガラで暗い感じでした。
しかし、人々の心は、まったく暗さを感じさせませんでした。
この町のプロジェクトオーガナイザーの桜井さんが「今夜の目的はみんなに元気を与えること。」だと教えてくれました。お盆の間に灯篭のお祭りや、大きな花火大会をサプライズで企画していました。私たちの仕事は現地のスタッフや、他のボランティアの人達と一緒に、このイベントの手伝いをすることでした。みんなが楽しめるように一生懸命に頑張りました。

私の仕事は、ライトのセッティングや、ごみを拾ったり、子供たちを見たり、終わった後のかたずけをすることでした。最初、私の仕事は他の仕事に比べると大した事は出来なかったと思いました。 
でも、花火が終わった後、スタッフが感動の涙を流しているのを見て考えが変わりました。 人々の笑顔を見て、私たちはやりがいを感じました。

私たちの仕事はとてもシンプルでしたが、数時間の仕事で人を喜ばせることが出来ました。本当に行ってよかったと思います。 WAVOC と一緒に仕事ができたこと、みなさんにこんなに貴重な体験をさせてもらえたことに、心から感謝しています。

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「東日本大震災復興支援ボランティアに参加して」

 

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Profile
氏名:藤本 彩子
早稲田大学在学期間 : 2008 年 ~ 2011 年
早稲田大学在学時の所属 : 文学部
早稲田大学 在籍時の専門分野 : ドイツ語ドイツ文学コース

<ボ ランティア参加のきっかけ>
3月11日、私は東京で大きな揺れを感じた後、テレビを点けて愕然としました。私の出身地、岩手県は地震と津波の被害 を大きく受けていました。それからずっと「同じ岩手県民として、地元のために何かしたい」と考え、就職活動も一段落した夏休みにボランティアに参加することにしました。


<現地へ行って>
私が向かった陸前高田市は、 もともとは大きなスーパーや病院などがあり栄えている町でした。ところが現地へ着くと、視界に飛び込んできたのは全く何もない風景。かろうじて残った表札 を見て、「本当にここに人が住んでいたのだ」と実感しました。また、海だと思って通り過ぎた場所も、もともとは博物館がある陸地だったという話を聞き、 ショックを受けました。
 私達が今回行った作業は、田んぼの草刈りとがれき撤去です。広い田んぼでの作業はなかなか進まず、「自分のしている事は 本当に役に立つのだろうか」と何度か考えてしまいました。しかし、お皿や人形、学校の教材など被災された方の思い出の品を田んぼから見つけた時、ふと持ち 主の顔が浮かび、「時間がかかっても必ず復興させなくては」という気持ちに駆られました。最終的に田んぼはかなり綺麗になり、意味のある作業をすることも 大切ですが、わずかでも一人一人が何か作業をすることの重要性を感じました。

<ボラ ンティアを終えて>
 ボランティア参加後は、周りの人達に現地の現状など伝えてきました。しかし「大変だったでしょう」「偉いね」といった他人事 のような言葉を受け、少し困惑しました。同時に、もっと一人ひとりが、ボランティアや復興に関われるようにしていく必要性を感じました。「伝えること」は 大切ですが、ボランティアに参加しやすいサービスやシステムの充実といった周囲の環境も大切です。
 私がボランティアに参加した目的は、被災地の 現状を知る、といったことでした。実際に行かなければ、被災地では今何が求められているのか分かりません。私達が被災地へ向かった時、がれきはある程度整理されていました。今後は、肉体労働よりもメンタルケアが重要になってくるでしょう。そういった変化に気が付くためにも今後も継続して、ボランティアに参加するつもりです。
 来年度から私は、東北をメイン市場とする企業に入社しますが、この経験を活かして東北の人々が求めるものを提供し、また他県 の人々が東北に足を運びたくなるサービスを考えて行きたいと思っています。
 

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ボランティア活動を通して垣間見た世界観

Profile
氏名:デニス・チア 
出身国:シンガポール
早稲田大学在学期間:2008-
早稲田大学在学時の所属 :国際教養学部
早稲田大学在籍時の専門分野 :言語とコミュニケーション
早稲田大学在籍時の指導教授 :ポール・スノードン教授


 3月11日に起きた東日本大震災を経て、被災地での悲惨な映像を目の前に、自分には何かできることないのかと悩んだ日々が続いた。被害を受けた家族や子供たちは将来への期待や夢が粉々になって絶望感に溢れている。私が13歳のときに夢を与えてくれたこの国は今、目の前で蹂躙されていて、私は胸が痛くなった。夢にも思わなかった展開が次から次へとなってきて、何かせずにはいられなかった。

 来日した2008年に知り合ったシンガポールの慈善画家、ピーター・ドローさん、に連絡し、一緒に何かやろうではないかと誘ってみたら、快く快諾してくれて、大震災のための活動に挑んだ。一旦シンガポールに帰国して、ピーターさんと会って色々な事情を教えたり調べたりして、その1週間後に日本へ戻ってきた。家族や家を失った子供たちに将来の夢や希望を与えるために始まったプロジェクトだ。東京都内の小学校と避難所を回りながら、子供たちに応援メッセージと絵を描いてもらって、被災地の子供たちに少しでも勇気づけられたらいいなという思いとともに、集まった絵を被災地に届ける、というプロジェクトだ。そこで「夢のプロジェクト」が誕生したのだ。
 

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 しかし、ピーターさんは日本語が全くできなくて、外国人二人がどこから手をつければいいのか、最初見当がつかなかった。そこで、その前の年に知り合った「文部科学省・初等教育研究所」の馬場教授を思い出して、些細な希望を握ってプロジェクトの概要をメールで送ってみた。驚くべきことに、馬場先生がその数時間後に「大賛成」というメールが来て、さらに数時間後に私とピーターと馬場先生が近所のカフェで会ったのだ。馬場先生の力で小学校を紹介していただいて、そこから夢のプロジェクトが急発展を遂げることができた。

 ピーターさんも馬場先生も、日本に来るまでは全くの見知らぬ人だったのに、偶然に知り合った人がこうやって震災後に同じ目標で集まってきた。ピーターさんと二人で避難所や小学校を回ったときに会ったほかのボランティアたちとも、全くの見知らぬ人なのに笑顔で向き合って、まるでみんなの強い気持ちや思いが伝わったみたいだった。国籍などを問わず、人は同じ夢、同じ目標を持っているときほどの団結力の強さはない。

 夢のプロジェクトの発展を見ていた台湾人の友達がある日、話しかけてきた。台中市の議員である彼のお父さんとも、ぜひ夢のプロジェクトに携わりたいとのことで、私とピーターは台湾へ招待されたのだ。1999年に台中大地震のときに倒れて、それから再建された学校を2軒用意していただいて、そこへ尋ねることになった。台湾人の日本への情熱な愛情は、学校での反応はもちろん、台中のメディアにも取り上げられたことにも如実に表れていた。前にも言ったように、国籍などはともかく、人は同じ夢を見ているときが団結しているのだ。シンガポール人二人が台湾の学校で日本のために活動をしていたとき、私はこの微妙な人と人との繋がりと絆に感動した。

 震災1カ月半後に早稲田大学のボランティアセンター(WAVOC)の活動をはじめ、合計3回ほど被災地へ足を運んだのだが、あそこでの体験は言葉を失うほど、色々考えさせられた。現地の人は前向きな態度を持ちながらも、自分の経験をとにかく多くの人に伝えたい思いが強かった。がれき撤去しているときに手にした人々の服やおもちゃはそれぞれ一つのストーリーを物語っている。その一つ一つのストーリーを周りの人、それから次世代の人に伝えることは私たちの義務だと感じずにはいられなかった。

 7月に夢のプロジェクトで初めて岩手県と福島県の学校に集まった絵を届けに行った。実際に家をなくしたり親戚を亡くしたりした子供たちを目の前にしたとき、私は言葉を失いそうになった。何を言えばいいのか、一瞬頭が混乱してしまった。しかし、私はそこでその答えを見つけたのだ。

 地震や津波などの震災は避けられないものだけど、いざこうなったときに、周りの人に手を差し伸べることがいかに重要だということがわかった。馬場先生をはじめ、協力してくださった学校、避難所で会った見知らぬ人たちはみんな、力を合わせて助けたいという思いが通じ合ったことから、色々なボランティア活動が始まったと思う。もちろん、一番被害を受けた被災地の人々もこうやって助けあうことによって生きてこられただろう。

 私はこの一連のボランティア活動を通して、世界観が変わってきた。これからの一つ一つの偶然ならぬ、必然な出会いを大事にして、助けつつ、助けられつつ、生きていきたいと思った。

 

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被災地ボランティア

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Profile
氏名:小沼 克之
出身国・地域 : 日本
早稲田大学在籍時の資格 : 学部生
早稲田大学在学期間 : 2007 年 ~ 2011 年
早稲田大学在学時の所属 : 社会科学部
早稲田大学在籍時の専門分野 : 法律
早稲田大学在籍時の指導教授 : 高野孟


被災地ボランティア:

私は9月21日~23日まで宮城県の南三陸町までボランティアに行ってきました。新宿から仙台まで、高速バスで行き、仙台から南三陸町の戸倉地区まではレンタカーで行きました。途中までは素晴らしい景色が広がっていまし たが、南三陸町に入った瞬間に一同絶句しました。道のあちらこちらにがれきがちらばっており、震災があったんだという事を改めて認識させられました。その後民宿に着き、3月11日の様子を現地の方と現地に入っている早稲田の学生のボランティアの方に詳細に説明して頂きました。
 東京とはまるで違う所に来てしまったという印象を受けました。現地の方が「日本の中に発展途上国が出来た」とおっしゃっていました が、まさしくその通りであると強く感じました。その日は台風が東北にも迫ってきており、外に出る事が出来ず、民宿の中で現地の方や東京か ら南三陸町にうつり住んで南三陸町の支援をしているという方のお話しを伺う事に終始していました。

 二日目はがれきの撤去を行いました。がれきがまだまだ沢山残っており、マスコミが報じる情報との齟齬を感じました。がれきの撤去を行っているとカードや皿など生々しい遺品が出てきており、正直 いたたまれない気持ちになりました。がれきの撤去の後、南三陸町の各地を回りました。そこで、かの南三陸庁舎の近くに来 ました。絶句というか、しばらく涙が止まりませんでした。戦後なんです。一面がれきばかりなんです。どこかの国に爆撃されたような状態でした。
さらには高さ20メートルの津波が来た地点にも足を運んだのですが、まさかここまで波は来ないであろうという高さまで波がきており衝撃でした。あれは一回行かないとわからないと思います。塩害で赤くなった森林、曲がったガードレール、校舎の窓が破壊された中学校などを見てようやくそのすごさを思いしらされました。
 その夜、現地の方と仮説住宅の集会所でお話しさせて頂く機会を頂き、被災したときの様子をお話しして頂きました。民宿に戻った後、現地のボランティアセンターの方とお話しさせて頂き、東北と東京の関係性についてお話し頂きました。

 そして、最終日は石巻 の方の被災状況を実際に見てまわりました。南三陸町も酷かったですが、石巻も酷かったです。石巻には工場が集中していました。ここが被災した事により、かなりの影響が日本経済に出ました。我々は東北に依存しているという事を実感しました。途中台風によって、道が寸断されていた場所がありました。あの台風で道が寸断されたのだから、津波の破壊力はもっとあったと思われます。23時 頃に東京へ到着しました。東京と南三陸、石巻との歴然とした差を感じました。同じ日本なのかと?全然違う国に私には感じられました。

 現地では、無数のがれきが続いていました。整理されたとはいえ、まだまだがれきの撤去作業は必要な模様です。いますぐに復興が出来る様子ではないです。東京とは様子が全く違いました。あちらでは非日常がまだ続いていました。しかし、実は東京でも震災前までの日常は既に終わっていま す。確かに、目に見えた被害は受けていません。しかし、加速度を増して機能しなくなった政治、表面化した原発問題、直面した財政危機、かつてのように上手く回らなくなってきた経済、止まらない円高、ユーロ高など。

 我々日本人は思考の構造転換を図らねばならない時期に来ていると思います。そろそろ、「競争から共生へ」「大量生産大量消費社会から持続可能な社会へ」「経済至上主義からの脱却」「文化的価値観を重視する」「自然 をいくつしむ」「過度なモノ作りからの脱却」「日本の文化的資源を生かす」などの考え方をそろそろ我々はすべきなのではないのでしょうか?もう一度言いますが、「終わりなき日常」は終わりました。

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これから早稲 田大学を目指す方へのメッセージ :

ひたすらに勉強して下さい。睡眠時間はしっかり確保して欲しいですが、それ以外の時間は勉強に費やして下さ い。諦めなければ結果はついてきます。

WiNメンバーへのメッセージ :
是非皆さん一度は被災地に足を運んで下さい。行くだけ でいいです。現地に行って、現地の様子を肌で感じて下さい。それだけでも全然違います。時間とお金があれば行って下さい。行かなければ分からない事実が沢 山あります。
 

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東日本大震災特集 「ふんばろう東日本支援プロジェクト」

東日本大震災特集

今の自分ができること
—「ふんばろう東日本支援プロジェクト」を立ち上げるまで—

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氏名:西條 剛央(さいじょう たけお)
早大在籍期間:1995年4月—1999年3月、1999年4月—2001年3月、 2001年4月—2004年3月
早稲田大学在籍時の資格:人間科学部卒業、早稲田大学大学院人間科学研究科健
康科学専攻修士課程修了、人間科学研究科健康科学専攻博士課程修了
早稲田大学在籍時の指導教授:根ケ山 光一教授
現在の職業:早稲田大学大学院商学研究科専門職学位課程(MBA)の専任講師、「ふんばろう東日本支援プロジェクト」代表
早稲田大学在籍時の専門分野:心理学や哲学(構造構成主義)

 
実家が主被災地である仙台市で、兄が消防局の災害予防に携わっていて、科学哲学、心理学を専門としている身だからできることはあるはず。自分にできることはすべてすると決めました。

日本は必ずこれを乗り越えてより成熟した社会になる。世界でも一段飛び抜けた国になれるはずだ。
この凄惨な経験を肯定することは決してできないけども、近い将来に、そうした犠牲があったからこそ僕らはこういう社会になれた、と思うことはできる。
それが僕らが目指すべき未来なのだ。
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2011年三月末、仙台の実家に向かった。夜中11時に到着。翌日南三陸町志津川の避難所に到着。文字通り壊滅しており言葉を失った。

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 南三陸町では僕らが思っていたように、メジャーな避難所には物が溢れているが、孤立している避難所はまだまだあり、そこにはまったく物が行き渡っていなかった。用意したものの多くは初めて手に入りましたと、とても喜ばれた。サンタクロース作戦と思って、子どもが喜びそうなオモチャや雑貨を350点ほど用意していった。子ども達がほんとうに嬉しそうにはしゃいでいる姿をみて、すべての疲れがふっとんだ。
 
 避難所を回ってわかったことは、情報はネット上にはないということ。そしてアナログで動き、人と繋がることの重要性。現場の声を聞くことでしか情報は得られない。しかしアナログだけではできることが限られる。デジタルだけでは届かない。アナログの行動力とデジタルの両方がタイアップすることが有効だということを強く感じた。
 また、組織は階層が増えるほど機能低下する。災害時は時間が命である。必要なのは、現実的なシステムである。津波主被災地のマイナー避難所を個別に支援する方法を考えた。ポイントは行政を介さず、人と人が繋がること。実家に支援物資を送るのと同じだという考え方だと言えばわかりやすい。
 必要なものが、必要としている人に必要な分だけ届く。南三陸町での行動がモデルケースになり、「ふんばろう東日本プロジェクト」がスタートした。

 人にはそれぞれ役割がある。「正しさ」という言葉で何かを語り始めると、それに当てはまらない人を否定することになる。さまざまな事情や背景で、人に迷惑をかけなければ基本的にどのような生き方をしてもよいという原理を共有した上で、自分はどうするのかをそれぞれが考え、行動することが重要なのだと思う。
* 

 「ふんばろう東日本支援プロジェクト」立ち上げの趣旨
 津波主被災地の惨状はテレビで報道されているものより遥かに悲惨です。僕の伯父さんも震災から一ヶ月過ぎた先日発見されました。東京では哀しみは過ぎ去ったかのように思われていますが、現地ではどこかにいる愛する人を何万、何十万人ものひとがいまだ探して歩いています。
 物は大きな避難所には山積みにされていますが、小さな避難所や個人避難宅には十分な物資は届いていません。また生活の質をあげる物資も足りていない状況です。避難所のストレスはピークに達していま す。そうした状況を打開するために、現在「ふんばろう東日本支援プロジェクト」というのを立ち上げました。「ふんばろう東日本プロジェクト」 fumbaro.orgとは行政を介さずに、必要な物を必要な分必要な所へ無料で届ける支援システムです。
 ぜひ、みなさまにもこの試みを広く知っていただき、多くの人にご協力をお願いできたらと思っております。支援に応える用意のある企業と行政を、津波主被害地の避難所のニーズにあわせてマッチングして、直接支援するということが必要になってきます。ぜひお力添えをお願いいたします。

 
参考URL
・ふんばろう東日本プロジェクト  http://fumbaro.org/
・西條剛央Twitter  http://twitter.com/saijotakeo/
・南三陸町レポート  http://getnews.jp/archives/108425

WASEDA ONLINE 東日本大震災特集:オピニオン 

今こそボランティアに立ち上がりましょう

被災地支援のコツ

哀しみを超えて

4月4日 西條剛央・岩上安身対談インタビューUst(南三陸町の動画あり)

4月13日 GACKT×川崎麻世×西條鼎談(ていだん)(現地での支援の課題と「ふんばろう東日本支援プロジェクト」)

4月16日 陸前高田フォーラム、1時間02分〜10分程度(「ふんばろう東日本支援プロジェクト」の概要と構想)

 

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