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Blog:Dec, 2014

写真の中の、40年間の思い出

氏名: ロジャー・ジェームス(ジム)・モックフォード
国籍: 米国
早稲田大学在籍期間と所属: 1974-75年、国際部(留学生別科)
早稲田大学での専門: 日本語および日本文学
現職: ワコム・テクノロジー・コーポレーションにてソフトウェア品質保証エンジニア
職務の概略: ペン&タッチタブレット技術関連製品における、グローバル認証・品質保証プログラムの管理・運営

早稲田への留学をとおして、あなたのキャリアや学問の道がどのように開かれていきましたか。
1980年代のワシントン州日米協会でのエグゼクティブ・ディレクター、1990年代の米国での大学準備プログラムの日本語の先生、そしてここ15年間のワコム・テクノロジー・コーポレーションでのソフトウェア品質保証エンジニアなど、私のキャリアには常に日本との関わりと日本語が不可欠でした。

早稲田大学で最も印象的だったことは。
1975年6月、大隈庭園で行われた国際部の最後の集まりとなる送別会で、日本語でお別れのあいさつをするよう頼まれたことです。素晴らしい天気に恵まれたこの日、私はあいさつのなかで、私の日本人のホストマザーとその家族が、ホームステイの間に私に日本語と、教室内の勉強だけでは決して教わることができなかった日本文化を教えてくれたことに対する感謝の意を述べました。ホストマザーは、涙を流して喜んでくれました。私たちは素晴らしい友情を築き、以来40年間、連絡を取り合っています。


写真のなかの、40年間の思い出
ロジャー・ジム・モックフォード


WiNメンバーの皆さん、私の早稲田大学国際部の学生時代から40年間、なんと、時の経つのが早いことでしょう!オレゴン大学からの交換留学生として、1974年秋に早稲田に参りまして、ホストファミリーや滞在期間中に作った数多くの友人らと、素晴らしいときを過ごしました。休日や休暇の間に、伊豆、那智の滝、潮岬、足摺岬、青島と日南海岸、萩、広島、福島、松島、北海道など、地方にも旅行しました。過去40年間、私は日本に30回ほど訪れ、2012年には、日本での学生時代以来となる、東北地方の東日本大震災復興地域を訪れました。私の人生は早稲田での年月に大きな影響を受けており、このブログで公開するには収まりきらないほどの、数多くの経験をしました。

waseda20197420group.jpg

これは1974年9月6日、早稲田大学の大隈講堂の前です。8月31日に日本に到着し、寮に数日間滞在したあと、9月3日にホストファミリーと会い、間もな く秋学期が始まりました。2014年は、我々早稲田大学国際部交換留学生としての日本滞在の40周年であり、思い出話と写真とで、その経験を振り返ってみ ようと思います。

私はオレゴン大学で日本語を勉強、オレゴン州高等教育機構(Oregon State System of Higher Education OSSHE)早稲田プログラムのメンバーでした。したがって、私の友人の多くがオレゴンにある大学の学生でしたが、カリフォルニア私立大学連盟(California Private Universities and Colleges - CALPUC)、カリフォルニア州立大学連盟(California State Universities - CSU)、五大湖私立大学連盟(Great Lakes Colleges Association - GCLA)、中西部私立大学連盟(Associated Colleges of the Midwest - ACM)、その他一般の留学生や早稲田の様々な学部で勉強している日本人学生とも、友達になりました。写真は、大学のオリエンテーションのときに撮られたものです。間もなく我々はそれぞれ、東京近郊の、キャンパスに対しあらゆる方向に点在するホストファミリーの家に住むことになりました。

tanaka-san-in-red-dress.jpgのサムネール画像

私のホストファミリー、田中実さんとその奥様芙美子さんは、彼らにとって初めての交換留学生として、ご自宅に私を招き入れてくださいました。家に米国人が いれば、3人のお子さんが英語の勉強に興味を持ち、英語を話せるようになるかもしれないと期待したからです。田中家は、南東京の平和島の地域に住んでいま した。現在は平和の森公園などの素敵な公園がありますが、当時はまだ海に接した工業地域であり、開拓されていませんでした。私はすぐに、平和島駅から電車 に乗って品川駅で降り、東京を巡る、かの有名な山手線に乗り換え、小一時間かけて高田馬場駅まで行き、早稲田駅まで地下鉄に乗ることを覚えました。我々学 生は、高田馬場から早稲田まではよく歩きました。地下鉄はものすごい混みようだったし、この軽い運動が気にならなかったからです。 写真: 赤い服を着た田中芙美子さん

1974年秋学期には、和田禎一教授の「日本の経済生活」、武田勝彦教授の「現代日本文学」、および生き生きとした杉山教授の「日本語」の授業などがありました。和田先生の「日本の経済生活」は、私が受けた現代日本に関する教育のなかで最も重要な講座だったように思います。1970年代半ばに行われていたのは、日本の戦後30年間における凄まじい経済成長と、その影響がそれからの数十年間にどのような形で現れることが予想されるかを認識することでした。言い換えればそれは、数多くの国のなかで日本こそが、学問・交流の対象としてその未来が約束されている国である、という、キャリアの道を歩き始めたばかりの一大学生に対する警鐘だったのです。実際、日本語を勉強し1974年に日本に向かったことは、それからの40年もの間、私のキャリアに影響を与え続けました。

オレゴン大学では、ステファン・コール教授の日本文学の入門講座を取りました。コール教授は、オレゴンの留学プログラムのレジデント・ディレクターとして、オレゴン大の生徒と一緒に日本に来られました。コール教授は日本での一年間、日本文学の講座を教えていました。奥様のステファニーさんと、3歳のお子さんのデイビッド君も一緒でした。ご家族で、大隈庭園近くのゲストハウスに住んでいらっしゃいました。私はコール先生の入門講座はすでに受講していたので、1968年にノーベル賞を受賞した川端康成、三島由紀夫、谷崎潤一郎、遠藤周作、夏目漱石、その他の近代日本文学の作家による文章を読むことが必須であった武田先生の講座に興味がありました。武田先生は、日本文学についての数多くの本の著者、共著者、翻訳者であり、また川端康成などの数多くの一流の日本文学作家ら、研究者らと知り合いでした。

杉山先生は、我々に一生懸命日本語を教えようとしてくれました。我々の誤解、言い間違い、こっけいなやりとりも、じっと我慢してくれました。そのうち我々は、少しずつ、日本語が話せるようになりました。我々のなかには、すぐに英語を教えるアルバイトを始める者もいたし、また、週末に東京教育センター(Tokyo Education Center)でアルバイトをする者もいて、間もなく日本で外国語を教えるということについての理解も深めました。秋学期には、運動会や、早慶戦に代表される日本最大級の大学対抗戦などもありました。

12月には、早稲田が関西地方(京都・奈良)へのオプショナル・ツアーを企画してくれましたが、1971年に行ったことがあったので、オレゴン州ポートランドから来た仲間のトム・タケウチと別途、南本州と四国に行くことにしました。これは、大変風光明媚な日本の片田舎を、電車、ヒッチハイク、船、ハイキングなどで楽しむ、素晴らしい旅となりました。

1975年の冬は、東京では気温が低く、ときに雪が降るような天候でした。家では、小型暖房機や電気炬燵、もしくは旧式の家では火鉢付きの掘り炬燵など、多くの場合暖房器具が限られており、家でも教室でも、我々は暖かい恰好をしていました。私の家には電気炬燵があり、家族が勉強をしたりテレビを見たりして、私にとって日本語の勉強にはもってこいの場所でした。寒い教室よりも暖かい炬燵の方が、日本語の勉強に役立った可能性が高いです。

ダン・フット、マーク・ヒラバヤシ、キース・ピーターセン、ナンシー・サイダーなど、早稲田クラスメートのなかには、東京教育センターで英語の先生のアルバイトをする者もいました。我々は、英語を教えるなかで日本語をたくさん学びました。伊豆などの景色のよい場所にある、スポーツもできるリゾート施設で、合宿と呼ばれる、東京を離れた研修プログラムにも参加しました。このプログラムではスポーツをしながら英語を教える機会があり、楽しく英語でテニスを教えたり、日本の小中学生が対象のオリエンテーリングで、ヒントや行くべき方向を英語で指示したりしました。

私は冬の間に福島県を旅し、田中家の家族と磐梯山近郊にスキーに行き、春の終わりには磐梯山に登山に行きました。田中家の母方の祖父母が会津若松の伝統的な農家で、秋の米の収穫時、冬の雪の間、そして春の田植え時など、何回か訪れる機会がありました。早稲田の春休みには日本の南の方を旅行しようと思い立ち、高知、足摺岬を通り宇和島からフェリーで宮崎に渡り、日南海岸、鹿児島、熊本、そして最後に博多を経由し、本州に戻り萩と広島を訪れました。

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足摺岬

春学期を迎え東京に戻ると、旅行や英語の先生など様々な経験を積み、様々な課題に挑戦し、また日本文化にたくさん触れたことで、私の日本語力が格段に向上したと感じました。春には、私のホストファミリーの兄弟、田中信也君と二人で北海道を旅行しました。摩周湖の周りの雪がちょうど溶けかかっている頃でした。日本の主要4島のうち、本州、四国、南端の九州でしたのと同様に、北端の北海道でも、ユースホステルに泊まりました。

Professor Mori Johji Japanese Poetry Class.jpg

私は、森鴎外の孫の森常治教授の授業を覚えています。森教授は、我々に日本の詩を、大変注意深く説明してくださいました。森教授は後に早稲田の名誉教授となり、今、恐らく83歳だと思います。何年かのち、私は何度か「水月ホテル鴎外荘」に宿泊し、中庭にある森鴎外の旧居を見て楽しみました。 写真: 森常治教授の、日本の詩についての授業

5月下旬、私は、早稲田での1年が終わりを迎え、最後の送別会の際、日本語でお別れのあいさつをする、国際部米国人学生の代表に選ばれたことを知りまし た。そこで私は、幾人かの日本人の友人に、スピーチを書くのを手伝ってもらいました。ホストマザーを驚かせたかったし、私が日本語をかなり流暢に話せるよ うになったのは、そして日本での1年間がその後40年もの間大切に思い続けることになるような経験になったのは、ホストマザーを含めた田中家の人のおかげ によるところが大変大きいという意を示したかったのです。

 

 

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大隈庭園での送別会

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送別会にて、着物を着たブルース、キャロライン、ジム、ジョアニ

ホストファーザーの田中実さんは、何年も前に他界しました。ホストマザーの田中芙美子さんは、いまだに1974年に住んでいた家に住んでいます。田中家には3人の子どもがいます。長男の信也君はカナダのカルガリーに住んでおり、何年も前から寿司屋を経営しています。信也君の娘さんの温子さんは、ソチオリンピックで、カナダのスキーチームのメンバーとして、スキージャンプ女子で12位でした。田中さんの長女こずえさんは、結婚してパリに住んでいます。次男の順也君は、イタリアに住む、有名な芸術家・彫刻家です。

我々の一部は、何年も経た後、集まる機会がありました。また、なかには早稲田の経験によって豊かとなったキャリアを積んだ者もいました。我々はまた、共通の学生時代の思い出に基づく友情を堪能するとともに、皆が集まれるときに昔のクラスメートと開く同窓会を楽しんでいます。日本での交換プログラムの40年後、クラスメートと撮った写真です。

bruce-and-jim-at-imperial-hotel 2012.jpg Jim Mockford and Dan Foote at University of Tokyo Restaurant Abrevoir 2012.JPG

ブルースとジム(2012)/ ジムとダン・フット(2012)
 

Carolyn Libby Dave Chris and Jim reunion in Eugene.jpg

キャロライン、リビー、デイブ、クリス、ジム、ユージーンでの同窓会にて
 

Waseda classmates 2014 Carmen and Dave left and Joani and Jim with UO friend Marsha at center.jpg

左から、カルメン、デイブ、オレゴン大学の友人マーシャ、ジョアニ、ジム
 

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