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  1. Career
    1. わたしのあなた
    2. アメリカ大使館でのインターンシップ
    3. 高田早苗記念研究図書館と私の研究内容
    4. 敗戦から67年
    5. 日本でキャリアを積む~日本人に負けない語学力と文化的知識を~
    6. 人生設計とは?~司法試験から画家になるまで~
    7. 就職活動体験談~第一志望の企業の内定をもらうことは夢ではない~
    8. 就職活動体験談~自己分析とは、「自分を創る事」~
    9. 世界のトップ人材のレベルははるかに高い。だからこそ世界と闘っていくためには、野心と向上心をもとう。
    10. 今の日本人パスポートは天から降ってきたわけじゃない。未来の日本人へのリスペクトを賭けて戦え
    11. OECDインターンシップ 体験レポート
    12. 早稲田に落ち着く私
    13. 自分に嘘をつかず、ワクワクできることに果敢に挑戦する
    14. 就職活動体験記
    15. フィンランドで、アーティストとして、研究者として
    16. 早稲田での経験を生かして
    17. 早稲田との縁は永遠に続く
    18. デンマークからのレポート
    19. WiNメンバーからの近況報告
    20. 早稲田の思い出
    21. 早稲田での経験
    22. 早稲田大学での日々
    23. 高麗大学で教職に
  1. Event Reports
    1. カフォスカリ短編映画祭
    2. C21 Tokyo Challenge
    3. ベトナムサンドイッチ・バインミーと"マイロ"はいかがですか?
    4. グローバル人材育成フォーラムを振り返って
    5. アメリカ大使館のスチューデント・ビザ・デイ
    6. 香港杯を受賞して
    7. アメリカ大使館のStudents' Dayに参加して
    8. 開催報告 ASIAN STUDENTS ENVIRONMENT PLATFORM 2013 2013年8月2日(金)~8月8日(木)日中韓越の学生が韓国にて環境に関するフィールドスタディ実施!
    9. ASIAN STUDENTS ENVIRONMENT PLATFORM 2012 日中韓三カ国の学生による環境に関するフィールドスタディ
    10. Universitas21 Undergraduate Research Conference 2012 の感想 ②遊び
    11. Universitas21 Undergraduate Research Conference 2012 の感想 ①ハードワーク
    12. 第七回外国人日本舞踊大会:早稲田大学の学生出演者アンケートインタービュー
    13. [イベント] 開催報告 Universitas 21 Undergraduate Research Conference 2012
  1. Gourmet
    1. 早大生にとってラーメンとは何か
  1. Others
    1. 「東南アジア青年の船」事業での経験
    2. Facebook WiNオフィシャルファンページがスタートしました
    3. WiNブログがスタートします
  1. Sports
    1. 早稲田大学で陸上を通して学んだこと
    2. 2011ノルディックスキー世界選手権に出場して
    3. 第25回ユニバーシアード冬季競技大会(2011/エルズルム)に参加して
    4. 'BUKATSU'早稲田大学米式蹴球部BIG BEARSの思い出
  1. Study Abroad
    1. インド・モプンチュケット村における移動耕作と持続的発展の可能性
    2. Building the TOMODACHI Generation Programに参加して
    3. Kakehashi Project に参加して
    4. 北京大学ダブルディグリー・プログラムに参加して
    5. カナダでのスノーシュー・キャンプ
    6. アメリカ留学生が早稲田で30年ぶりに再会
    7. 二段階留学の勧め
    8. オーストラリア ブリスベン ただ今留学中!
    9. ひと味違った留学
    10. ゴア大学チョウグルカレッジ短期留学プログラム14日間 ~ 「わたしは何を出来るのか?彼らは何を出来るのか?あなたは何を出来ますか?」
    11. 津軽の海からアフリカ最高峰キリマンジャロへ
    12. ピアノライン~シアトル留学記~
    13. フィンランドで、アーティストとして、研究者として
    14. 中国を知る --上海・復旦大学留学を通して--
    15. なぜ、留学した奴は一味違うのか? ~純ジャパ国教生が明かす、留学事情~
    16. あなたの知らない隣国、中国 ~北京大学で出会ったもの~
    17. アメリカ留学体験記
    18. C'est la vie! これが人生!パリジェンヌもラクじゃない!
    19. 台湾留学記
    20. 北京留学記
  1. Study in Japan
    1. 総理大臣公邸を訪問して
    2. IPSサマー・スクール2016:異文化とのふれあい
    3. サマーセッションで得たもの
    4. 木島平村での"農村体験プログラム"
    5. 早稲田サマーセッション 2015
    6. もうひとつの国際部の物語
    7. 写真の中の、40年間の思い出
    8. 日本・アジア青少年サイエンス交流事業「さくらサイエンスプラン」
    9. 過去を楽しみに
    10. 田んぼで草取り~新潟へのフィールドトリップ~
    11. Japan Study アメリカの大学からの学生:参加者からのメッセージ (1983-84)
    12. 早稲田大学への交換留学プログラム体験
    13. 医療・福祉ロボットの開発 ~人間科学学術院・可部研究室の試み~
    14. 黒田一雄教授インタービュー: 日本留学について
  1. Volunteer Activity
    1. わたしたちにできるボランティアの第一歩
    2. 「名取市の被災地でのボランティア体験」
    3. 「東日本大震災復興支援ボランティアに参加して」
    4. ボランティア活動を通して垣間見た世界観
    5. 被災地ボランティア
    6. 東日本大震災特集 「ふんばろう東日本支援プロジェクト」

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敗戦から67年

Profile
氏名:小嶋忠賢
シカゴ稲門会・顧問
1936年生まれ、東京出身
早稲田大学 第一政経・経済(現・政治経済学部)1959年卒
1986年以降、現在に至るまで米国を生活拠点とする。


懇談会開催: 昨年の12月08日、母校の留学センターから飯野教授・所長、事務局の方々、そして
アメリカ五大湖・中西部大学連盟の関係者の方々がシカゴを訪問されたのを機に懇談会が開催され
ました。加えて母校への米人留学経験者そしてシカゴ稲門会から蒲澤会長をはじめ3名が参加し、
総員17名の参加者となりました。

Kojimasan.JPG

前列左から三番目が小嶋氏

思い返しますと12月08日(日本時間)は、1941年、日本海軍がハワイの真珠湾(アメリカ海軍基地)を
奇襲し、太平洋戦争が勃発した日です。時移り1991年12月07日(米国時間)、ハワイではブッシュ
大統領(当時)が出席し、日本による真珠湾攻撃50周年記念式典が開催されました。この前後に、
米国内の日系企業が襲撃される恐れがあるとして、日本大使館が警告を発したのですが、大事は
起こりませんでした。その後は、12月07日に年毎の式典が行われても、当地のマスコミが大々的
に報じることはなく、ごく一部の新聞がパール・ハーバーに触れる状況が続いています。しかし史実
は確実に刻まれています。

語り部: 参加された皆さんのお顔を拝見しますと、最年長は歳を重ねて76歳となる私であり、また
戦前に生まれたのも私一人であることが明らかでした。朝日新聞の読者投稿欄"声"が時々"語り
継ぐ戦争"を特集します。投稿者の全員が70代、80代そして90代の方々です。投稿者の皆さんは
歴史の証人です。私も歴史の証人の一人として、戦争体験を語り継ぐ資格があるのではないかと
勝手に決めました次第です。

戦中・敗戦から大学卒業迄: 私が物心付いたときは既に太平洋戦争の真っ只中で、東京から
疎開した埼玉県川越市で仰ぎ見た青空に、キラリと光るB29の機影を見てもまだ日本軍の飛行機
と信じておりました。アメリカ空軍の飛行機が内陸まで飛来するとは到底信じられなかったのです。
それからは空襲警報のサイレンが鳴れば防空壕に逃げ込み、それでも神国日本には最後に神風
が吹き、鬼畜米英をやっつけるのだと信じて疑いませんでした。それが当時の軍国教育でした。
1945年8月15日、私は小学3年生でしたが、ラジオから流れる昭和天皇のポッダム宣言受諾を告
げる玉音放送を聞いても、雑音が多く、内容は分りませんでした。周りの大人の人たちの説明を聞
き、日本が連合国側に無条件降伏したことを知りました。敗戦です。終戦という言葉では伝わらない
大きなショックでした。交戦国の中国では抗日戦争勝利の日であり、韓国では光復節と称し、北朝
鮮では解放記念日と称する戦勝記念日です。その日を境に、周りの景色はガラリと変りました。
 

Elementary school.png

昭和21年(1946年)小学3年生の終業式。背後に奉安殿が見える

占領軍が進駐し、米軍将校がジープに乗り颯爽と走り回っていました。GIを見かけると、チョコや
チュウイン・ガムをねだる日々でした。戦中から敗戦後は厳しい食糧難時代で、麦飯はマシな方で、
サツマイモやジャガイモが主食の飢餓時代に育ち盛りを過ごし、稲穂の垂れる秋には害虫のイナゴ
取りが課外授業で、取ったイナゴは我々のお腹に納まりました。ザリガニもナマズもタニシも自分
たちで取ったご馳走でした。中学3年生(1951年)のときに、サンフランシスコで平和条約が調印され、
翌年に発効しました。印刷物からPRINTED IN OCCUPIED JAPANが消えて、PRINTED IN JAPAN
となり、占領下にあった日本国が主権を回復したという大きな区切りを実感しました。高校入学と同時
に東京へ戻り、高校在学中の3年間はボート部に所属していたのですが、大学入学後は何等の部活
動も行うことなく平々凡々の4年間を過ごしました。これは高校時代の部活動で、自分の時間の多くが
拘束されたことに対する反動でした。

大学卒業から米国駐在迄: 大学を卒業した昭和34年(1959年)は就職難時代で、円為替も
360円/$の固定レートの時代であり、輸出で外貨を懸命に稼ぐ時代でした。外貨不足のため、学生
も一般人も、海外に出るためには、例えば米国にキチンとした身元引受人がいるとか、企業人の
海外出張であれば、外貨を稼ぐ輸出企業でなければ外貨の割り当てを受けられないという、個人
の海外観光旅行など夢のまた夢の時代でした。限られた海外留学への道として、フルブライト留学
生として米国に派遣される道がありました。

就職先は群馬県の自動車電装部品メーカーでしたが、入社後に創業者社長が母校の理工学部
電気工学科出身であり、ソニーの創業者であった井深大氏と同窓であることを知りました。

日本経済の発展と共に日本の自動車の対米輸出が急増し、アメリカの自動車産業が大きな打撃を
受けたため、1981年には米国への輸出台数を日本側が自主規制する形で、アメリカの自動車産業
再生に力を貸すことになりました。その後、日米通商摩擦を根本的に解決するには現地生産が必須
であるとして1982年、ホンダが日本の自動車メーカーとして初めてオハイオ州に4輪車製造工場を
建設し生産を開始し、他の日本車メーカーもこれに続き米国内に生産拠点を設けました。私の会社も
取引先である自動車メーカー各社が米国に生産拠点を設けることから現地生産を企画し、工場立地
調査のためシカゴ事務所を開設し私が派遣されました(1986年)。立地はミシガン州中央部の地方
都市に決めて、第一番目の生産工場を建設し、1988年から生産・供給を開始しました。1996年には
インディアナ州に第二番目の工場が完成しました。小学3年生で敗戦を経験した自分が、物造りの
世界で米国の人たちと共に働くことになるとは全くの想定外でした。ミシガン州で12年、オハイオ州で
4年、間に日本勤務を挟み通算16年間を現地法人の責任者として働きました。バブルの最盛期には
"米国に学ぶものは何もない"と語る傲慢な日本人も居り、ジャパン・アズ・ナンバー1と浮かれて
いたことに、日本人として反省しきりです。

米国人と協働する上で心掛けていたことは、自分たち日系企業は米国という家の軒先をお借りして
仕事をさせていただいているのだから、根付いた地域社会の発展に企業も駐在員も協力し貢献しな
ければならないという考え方を実践することでした。共存共栄の精神です。私は2007年夏、71歳で
現役を引退しましたが、シカゴ大好き人間で当地で引退生活を送っており、滞米通算23年目になり
ます。バブル崩壊後の失った20年余を眺めますと、国も企業も人も常に謙虚な心を忘れてはなら
ないと痛感しています。驕りの後に待つのは没落です。

敗戦から67年が経ち、今年、私は喜寿を迎えますが来し方を振り返りますと日本国民の一員として、
まさに激動の時代を生きて来たのだなとの思いを新たにしています。

FILTECH(060606).jpg

工場見学に招待された地元の小学生が、会社に贈ったポスター

シニアからのメッセージ: 只今は、早稲田の学生は望みさえすれば米国留学への門が広く開かれ
ているという、全く私の学生時代には考えられなかった夢のような時代です。私は米国で生活すること
により、日本人である自分が何を学んでこなかったか、またなにを学ぶべきかを学びました。同時に
太平洋を越えて、日本という国の姿とその良さと強みまた弱みを認識することができました。若い世代
の人たちはドンドン海外に出て、自分を磨き多くの国家・民族の人たちと共に、日本国のみならず地球
人類のために働くべきと思います。私は国際人という国籍はないと思っています。海外に出て大切な
のは、日本人としての主体性をしっかりと持っていることです。問われるのは貴方はなにびとですか
-と言うことです。日本人であるためには、先ず日本の歴史を特に近現代史をしっかりと学び、日本
語を正しく使える能力を身に付け、日本の歴史・文化・国のあり方に誇りを持つことです。自国を知ら
ずして他国を理解できず、国際交流もできません。同時に日本語を身に付けずして、英語が上達す
る道理がありません。野田前首相にはまだ頑張って欲しかったのですが、安倍政権が誕生し新たな
ステージに入ります。只今の日本は閉塞感に満ち、若者が夢を希望を持ちにくい状況にあると言われ
ています。私は日本国民の特性は、崖っぷちに追い詰められてから、ようやく反転攻勢に出るところが
あるのではないかと思っています。スピード感ある果断な決断と果敢な行動が求められる真のリーダー
は、逆境からそして若い世代から生まれると言われます。シニアが責任を放棄する訳ではありません
が、若い世代の皆さんが日本という国を世界に掛替えのない存在として"あまねく世界に"に広めて
くれることをシカゴから期待し、信じております。

平成25年(2013)1月 記

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